9-4.

 探索隊のメンバーは、クワイエルを隊長とする五名に決められた。

 ワイエル、エルナ、ハーヴィ、そして鬼人二名である。ただ二名の鬼人はまだ経験が少ないらしく、

実践訓練の意味合いが強いとの事。

 それでもどちらも強い能力を秘め、ハーヴィが選別しただけあって、気魂も悪くない。クワイエルなど

より、よほど使えるかもしれない。

 一人は族長の娘で、その名をユルグ。古き言葉で牝の狼を意味する。

 もう一人はハーヴィを師と仰ぐ青年、レイプト。その名は稲妻を意味する。

 二人とも才に溢れ、鬼人の中でも高い能力を持ち、自負心もあったが。すでにその若き傲慢さはハーヴ

ィ達によって壊され、その心は落ち着きを見、成熟へと向っているようだ。

 鬼人達は次世代の担い手として、この二人を見ているのだろう。

 二人ともハーヴィと比べれば背が低く感じるが、人間からすればやはり大きい。どちらかといえば小柄

なエルナと比べると、二回りも三回りも違う。

 顔は鬼人特有の野性味溢れる作りだが、見慣れてくると愛嬌がある。特にユルグの方は柔らかさがあり、

野性の獣が時折見せる、あの何とも言えない優しげな表情を浮かべる事も多い。

 レイプトの方は見るからに力強く、ハーヴィに倣ってあまり無駄口を叩かないようだが、ユルグは好奇

心が強い方らしく、種族は違えど同性と言う事もあって安心するのか、エルナと二言三言交わす内に、す

っかり仲良くなってしまっていた。

 ハーヴィとユルグは特徴的な礼服とも言うべき例の衣装を着、体中に刺青のような文様が見えたが、レ

イプトは露出が多く、袖の締まった活動的な服装をしている。

 手には削剣ともいうべき、細い円柱を二等辺三角形の太い刃で挟んだような、荒々しい剣を持ち。彼だ

けは魔術師というよりも、戦士としての役割を与えられている事を感じさせる。

 ハーヴィに師事している事を思えば、魔術を使えないのではないだろうし、見た所高い魔力を持つよう

だが。彼はむしろ護衛役といった役目なのかもしれない。だとすれば、族長の娘、即ち姫の護衛といった

所だろう。

 鬼人の族長とは、偉大なる魔術師であり。彼らの考えからすれば、神に一番近い存在。その娘であれば、

やはりそれなりの扱いを受けるだろうし、ハーヴィが選別したくらいだから、その力も突出しているはずだ。

 興味深く観察していると、レイプトなどは明らかに彼女を主として扱っているし。ハーヴィでさえ、時

に遠慮し、敬意を払っているのが見て取れる。

 気にせず、一般の人間として見てくれと、ハーヴィは言っていたが。クワイエルだけはある程度気を遣

った方が良いかもしれない。

 まことに似合わないが、クワイエルも経験を積み、それなりに配慮とかいう言葉を知るようになってい

るらしい。

 勿論、見た目にはいつも変わらないので、誰もそんな事には気付かない。ようするにあまり意味が無い

のだが、クワイエルも彼なりには成長している。

 ともあれ、調査隊はこの五名で組まれ、ギルギストから船で北西のイアールンヴィズまで行き、ラーズ

スヴィズの静寂の地を抜け、一路北を目指した。

 探索隊であり、以前のように開拓を前提としたものではないから、あまり他の事を考えず、とにかくレ

ムーヴァの最奥を目指す事を目的としている。

 調査ではなく、探検と言った方が近い。

 危険は大きいが、この五名は覚悟して来ている。未知なるレムーヴァの謎に迫れるのであれば、覚悟な

ど、彼らにすれば安い代償なのだろう。



 ここまでの所、順調に進んでいる。

 踏破した土地なのだから、当然と言えば当然なのだが、順調というのは気持ちを楽にしてくれる。

 ユルグとレイプトも大分クワイエルとエルナに馴染み、特にクワイエルには何か鬼人側から言い含めら

れていたのか、相当の敬意を払ってくれていた。

 多分、族長のお気に入りだとか、人と鬼人の架け橋だとか、良いように伝えてくれていたのだろう。鬼

人は警戒心も強いが、大抵は素直なので、尊敬している者に言われたりすると、疑問を抱く事無く、その

まま受け取ってくれる。

 人よりも上下間の影響力が強く、繋がりも強いと云う事なのかもしれないが、クワイエルを尊敬するの

は、お世辞にもお勧めできない。

 しかし当の本人は何も気にした様子もなく、当たり前のようにいつも通りの言動をし、むしろいつもよ

りも伸び伸びとすら感じられた。

 色んな重荷を置いてきた事で、クワイエルは本当の意味で自分に戻れたのかもしれない。

 彼は本来この大陸を踏破するのが仕事で、政務や交渉事に当たるのは、余分な仕事だった。それでも生

来の生真面目さが不幸して、彼をこのレムーヴァという土地と深く結び付ける事になったのだが。この大

陸としては良い迷惑だったと思う。

 鬼人やハールも、確かに結果的に上手くいき、それなりに満足しているようだが、正直クワイエルに上

手く丸め込まれてしまったような気がしてならない。

 満足心もあるようだが、どちらもとても忙しい生活を送る破目になって、大きくその生活習慣を変えら

れてしまった。

 それが良かったのか、悪かったのか、本当の意味では解らない。

 静寂の地を越えると、少しずつ道幅が狭まり、一日歩くか歩かないかの内に、人の道は完全に潰えた。

 ここはすでに計画から外され、途上のままで放って置かれている地点。ここからは人の影響力が一切無

い、純粋なレムーヴァが広がっている。未知が溢れているはずだ。

 ここからは今までのように気楽にはいかない。多分、待っている未知のほとんどは危険になりうる。

 一行は隊列を整え、より注意深く進み始めた。

 クワイエルが名義上リーダーとなって方針を決めているが、行動する時は主にハーヴィが指揮を取り、

周囲を窺いながら、最善の道を選択する。

 露払いとしてレイプトを前に立たせ、クワイエルを最後尾に置き、ユルグとエルナが中央を固める。

 ハーヴィは時に前に出、時に後退しながら、細やかに気を配り、危険回避に努めていた。

 旅慣れぬユルグとレイプトも、今までの旅程で、大体の事は掴み、それなりに動けるようになっている。

 しっかりと訓練を積んでいる二人だから、足手まといになるような事はしない。どちらも賢く、想像力

に長け、自分で判断し行動できるように鍛えられているのだ。

 進む速度は人にしては速いが、多分鬼人にしてみると、すり足で歩いているくらいの感覚なのだろう。

 ゆっくりゆっくりと進む。

 今まで特に遠慮などはしてなく、鬼人のペースに合わせていたのだから、今更人に合わせて歩速を緩め

たとは考えられない。

 それだけ危険な地に踏み入れたと云う事だろう。

 クワイエルとエルナも精神を集中し、些細な事も見落とすまいと、周囲に目を配り、いつでも唱えられ

るよう、いくつかの魔術を準備している。

 クワイエルだけでなく、エルナの魔力もすでに人の範疇を超えている。もう弟子として守られる存在で

はなく、同士として共に歩むべき存在である。真面目なエルナだから、上達も早い。

 二人は師弟を越え、一人の人間としてお互いに信頼し、自然に役割分担が出来るようにまで、その関係

は深く、自然なものへと変わっている。

 それでも彼らの力が、さほど急場に役立たないだろう事は自覚している。

 人間はこの大陸を進めば進むほど、人から遠く、そして強大な存在と出会ってきた。

 フィヨルスヴィズは別格として。大陸に住まう種族の中では、最南端に住む鬼人は、この大陸内では最

も弱い部類に入るのではなかろうか。

 ハーヴィも鬼人の中では突出した力を持つが、大陸全体として見れば、おそらくごく弱い範囲に収まる

と思える。

 それはレムーヴァの深奥に迫る度、益々強まる大地からの魔力波で、身を持って知れるのである。

 危機感は高まる一方だが、誰も後悔はしていない。やはり彼らは変わっているのだろう。




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