9-10.

 苔の塊を刳り貫くようにして造られている道は、代わり映えのしない景色のまま、延々と続いて行く。

 途中に一度ゆるりと曲がり、そのまま今も緩やかな曲線が続いている事を考えると、この道は端をぐる

りと囲うように、螺旋状に設計されているのだろう。

 分かれ道は無かったので、迷う心配はなかったが。景色の変化が乏しいので距離感が薄れ、まるで永遠

に同じ道を歩き続けるかに思え、心理面を考えると、あまり良い道であるとは言えない。

 入る前に普段の身長で見ているから。縮んでいる今、余計にこの洞窟が広く感じられる。

 横幅に比べ、天井がひどく高い事を考えると、それほど下まで続いているのではないのだろう。でもそ

れも推測の話で、ひょっとしたら地下深く、冥府の果てまでこの道が続いている可能性もある。

 初めは談笑していた二人も、ここまで来ると不安に圧迫されたのか、口数が減り、肩に重苦しい雰囲気

が圧し掛かかっているかのように思えた。

 暗さが増している為、魔術で灯した明りだけが、その場で唯一存在している物かのようだ。

 真っ暗とは言わないが、苔特有の重苦しさからくる雰囲気が、よりこの洞窟を覆う闇を、深めている。

 まるで全てが苔の影に埋もれてしまうかのようで、ここは空洞ながら、確かに何かで詰まっているのだ

と、そういう風にも感じられるのである。

「あそこに」

 視力の良いユルグが逸早く変化に気付いた。

 クワイエルが明りを向けると、そこに新たな空洞がある事に、初めて気付く。危険かと考えつつも、確

認する意外に手は無いので、ゆっくりと近付き、明りで中を照らしてみた。

「おお・・・」

 そこは広い空間になっており。遥かな天井から、まるで零れるように光がゆるりと差している事を思う

と、どうやら上は地上まで達しているらしい。とすれば、今までこの苔塊の周りをなぞるように道が造ら

れていたのは、このとてつもなく広い空間を生み出す為だったと、そう解釈出来る。

 意図せずしてこの形になったとは、とても思えない。

 縮んだ身体にはあまりにも広過ぎるので、クワイエルではとても確認しきれず、ユルグに応援を乞う。

「奥の方で、何かが蠢いています」

「数は」

「正確には解りません。数え切れないくらい、何かが居ます」

「うーん」

 クワイエルがもっと良く見ようと光を差し出した瞬間、辺り一面から無数の悲鳴が上がり、静けさに満

ちていた状況が一変した。

「!!!!!!!!!!」

「!!!!!!」

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「しまった」

 クワイエルは慌てて明りを消す。

 魔術の明りは瞬時に消せるが、しかしもう手遅れであった。

「!!!!!」

「!!!!」

「!!!!!!!!!」

 逃げようと考えた時はもう周りをすっかり囲まれ、一体何処にこれだけの数が居たのだろう、空間をみ

っしりと隙間無く埋め、肉壁となって、何かが全ての道を塞いでいた。

 考えるべきだった。この薄暗い中で生きている者にとって、明りは何よりも嫌いな物の筈。しかも突然

に照らされでもすれば、目を焼き切られるような痛みが走っても、おかしくは無い。

 延々と歩いている間に、クワイエルも呆けてしまっていたらしい。

「ど、どうしますか」

「こうなった以上、大人しくするしかありませんね」

 流石に対処出来ないのか、不安そうに見るユルグを宥め、とにかく下手に動かないようにする。

 相手に敵意があるのははっきりしていたが。それでも一斉に飛び掛ってこない所を見れば、やはり彼ら

にも彼らのやり方、法があるのだろうと思える。

 それならば、彼らも意味があって囲っている筈だ。きっと動きがある。

 ただ、クワイエルはいつでも魔術を唱えられるよう準備し、いざと云う時の為に、覚悟を決めておいた。

例え最悪の状況になったとしても、ユルグ一人ならば、逃がす事が出来るかもしれない。

 自分の失敗でこうなった以上、彼女だけはどうしても逃がしたかった。



 侵入者二人は、静かに事が起こるのを待つ。

 その内に目が慣れ、少し暗がりを見通せるようになり、そのおかげで物凄い数の小人が居るのを確認出

来てしまって。いっそ見えなければ良かったと思ったが、もう遅い。知ってしまった以上、自分に嘘は付

けない。

 本当に何処に居たのか解らない程の数が、この部屋に集まっている。視界を埋め尽くす程居るのだから、

壮観ですらあった。

 背の丈は縮んでいる今のクワイエル達の半分程、元の身長から考えると小動物のように小さい。あの巨

人と比較すると、虫のように思える。

 巨人の次が小人というのも、何となく皮肉な話だ。

 そういえば、ここはまるで蟻の巣である。勿論構造などは違うが、印象だけで言うと、それが一番解

りやすい。

 とにかく小人以外には何も無く。その小人がごちゃごちゃと詰まっている。

 賑やかで、煩く。常に声を発しては、クワイエル達に憤慨している。

 ただ聴いていると、その声が一定の法則というのか、前から順番に後ろへと、つまりクワイエルから徐

々に外側へと伝達されているのが解る。

 漣(さざなみ)のように声が遠ざかり、そう思うとまた新たな声が先頭の小人から生まれては、同じよ

うに外側へ去って行く。

 何度そんな事を繰り返しただろうか。

 今度は外側、丁度部屋の奥、クワイエルから真反対にある方角から声が伝達され始め、クワイエル達の

正面の小人達が、次々に横の小人の上に肩車するようにして乗り。小人の海が真っ二つに割れて、奥から

続く一本の道が造られた。

 その奥には一定の空いた空間があり、遠目に見てもそこがわざと空けられているのが解る。そしてその

道の奥から御輿に担がれ、えんやとっとえんやとっとと仰々しい行列がやってくるのが見え始めた。

 その声を聞くや否や、小人達は口を閉じて一斉に跪(ひざまず)き。その御輿に敬意を表しているのか、

頭を垂れて、人が神にするようにして、厳かな雰囲気を作る。

 肩車している小人も同じようにしているから、ちょっと面白い。

 辺りを埋め尽くす小人達が、一斉に跪く様は、まったくクワイエル達に向けられたモノでは無いとして

も、何となく清々しく、見ていて気持ちの良い光景だった。

 御輿はゆっくりとクワイエルに近付き、行列に加わっていた者達が次々に道の両端を固め、そしてクワ

イエル達を包囲し。一人の見るからに他の小人とは違った格好をしている小人がそれを確認した後、御輿

の中からこれまた一目で他と違うのが解る、一人の小人が現れた。

 いやこの小人だけは大人と言っても間違いではないような気がする。

 身長も幅も他の小人の優に倍はあり、クワイエル達よりも更に頭一つ分は大きい。頑丈そうな無骨な鎧

を身にまとい、手には杖を持ち、それで床を踏み締めるようにして、ゆっくりと歩く。

 堂々とし、揺らぎが無い。そうするのが当たり前という風に、クワイエル達を見下ろしながら、御輿の

端まで歩くと、よく通る声で話しかけてきた。

「無礼な侵入者達よ、そなたらは何者か」

 その声はクワイエルの耳を揺さぶり、圧迫する。ユルグも同様らしく、困ったような表情を浮かべてい

るのが見えた。言語が理解出来る事といい、おそらく複数の魔術が、声自体にかけられているらしい。

 いや、もしかしたら、この大人の口や喉、その他それに類する器官自体に、魔術がかけられているのか

もしれない。或いは大人自身がその都度魔術を生み出しているのか。

 どちらにしても、とても珍しい魔術である。

「我々は海から南へ降り立った者です。驚かせてしまい、申し訳ありません」

 それを聴くと、大人はゆっくりと頷く。

「ああ、南の方で何かやっている奴等の仲間か。それではそなたらは、あの巨人の仲間ではないのだな」

「巨人、というと、あの少し南にあった森の・・・」

「そうだ。・・・・その調子では、無関係であるようだな。ならば良い。では早々に去れ。これ以上我々

を侮辱すれば、例え異族といえど、容赦はせぬ。我々も礼儀を失する者には、それなりの罰を与えるぞ」

「あ、お待ち下さい」

「最早用は無い。去るが良い、新しき者達よ。そなたらはそなたらの事を為せ」

 大人はそれだけを確認させるように言うと、来た時と同じく、ゆっくりと御輿の中へ戻り。それをまた

例の一人だけ違った小人が確認した後、するすると奥へ帰って行った。

 いつの間にかあれだけみっしりと埋めていた小人達も居なくなり、二人だけぽつんと取り残されている。

 ただ見張りの為だろう、数人の小人が少し離れた位置から睨み、顎でさっさと去るよう示しているのが

見えた。

 しかしそれで、はいそうですか、と帰るようなクワイエルではない。

 クワイエルは敵意の無い事を示しながら、ゆっくりと小人へ近付いた。




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