9-11.

「少しお聞きしたいのですが」

「!!!!!!、!!!!、!!!」

 話を聞いてくれているのかどうかは知らないが、小人達はこちらを無視してはいない。

 しかしそれ以前に、言語自体がまったく通じないので、どうにもならないのは変わらない。

 あの大人だけが特別で、唯一他種族と話す事の出来る力を持っている。だからその大人が去ってしまえ

ば、例え残った小人が親切さを持っていたとしても、逆に憎しみを抱いていたとしても、何も変わらない  あの大人だけが力を持ち、全ての権利はあの一体の人物にのみ与えられているのかもしれない。意思疎

通出来るのがあの大人だけならば、治めるのにもさほど苦労しないだろう。

 自分の一族だけ見ていれば良く、他種族が来ても自分だけが会話出来るのであれば、余計な手間や騒動

を起こさずに済む。

 それはそれとして、正直な所、小人達は協力的ではなさそうだ。

 彼らの言語は理解出来ないが、表情や仕草から言っている事は大体解る。何度話しても同じ口調、同じ

音、寸分の狂いも無い。まるで定形分をそのまま述べているかのように、それだけを言う事が彼らの仕事

であるかのように、厄介者を見る目で見、解りやすいくらいに拒絶されている。

 意思疎通が出来たとしても、これでは同じ事だったろう。

 排他的というよりは、さっさと出て行ってもらって、見張りの仕事を早く終わらせたいに違いない。い

かにも面倒くさそうだ。

 クワイエルは持ち前の耐久力を活かし(しつこさとも云う)、暫く粘ってみたが、こんな調子では流石

の彼にもどうする事も出来ず。疲労だけを得て、素直に引き下がるしかなかった。

「仕方ありません。出直しましょう」

 しかしそこで素直に引き下がらないのが、この男である。

 クワイエルは当たり前のように、次の機会を前提としてこれからの行動を考えている。

 ユルグはそんな彼を目の当りにし、何処か良く解らないが、どうしようもない途方も無さを感じたのだ

った。

 こんな具合では、皆最後には根負けする筈だ、と。



 粘り強さがクワイエルの信条のようなものだが、そんなものの為に他種族を怒らせる訳にはいかない。

 退くと決めた以上、一時的か恒久的かは解らないが、余計な事をせずさっさと来た道を戻り始め。ユル

グに一応警戒しておくように告げると、執着心を一切断ち切るかのように、真っ直ぐに引き返して行った。

 ユルグは従うしかない。というよりも、彼女も展開の速さについて行けず、戸惑いながらも他にやるべ

き事が浮ばなかったのである。

 一体の巨人ならまだしも、こうもわらわらと出てこられ、何だかよく解らない内に帰れと言われる。こ

ういう状況にはよほどの変人でも慣れるとは思えない。そしてユルグは変人ではなく、真っ当な常識人。

 ようするにクワイエルの方が、よほどの変人よりも上の大変人なのである。もう人というよりは、変の

方を強調すべき段階にあるのかもしれない。

 人に変がくっ付いているのではなく、変の方に人がくっついているのだ。

 だがそんな彼だからこそ、今まで上手くやってこれた。少しずれているからこそ、そこに上手く異常な

事態がすっぽりと収まるのだろう。

 ユルグは今改めてクワイエルと言うモノを認識した。それが良いか悪いかは解らないが、噂や人伝の評

価ではない、生のクワイエルというものを、知ったのである。

 正直な所、先ほどの小人達よりも、よっぽどクワイエルの方が理解し難いように思えたのだが。それで

も不思議な親しみが湧いてくる。クワイエルには悪いが、やはりどこか滑稽さというのか、悪くない意味

での笑える要素というものが、彼にはあるように思える。

 考えてみると、その要素が何故か他種族にも通じてしまい、そこから和みのような感情を通して、まっ

たく異なった者達の意識が、初めて繋がり得るのかもしれない。

 そう思うと、さっさと撤退した事にも納得できる。この小人達には、クワイエルのそういう部分がまっ

たく通用しない、或いは効果が薄い。だから彼は素直に引き下がったのだ。もし今までと同じように通じ

る部分があったなら、こうもさっぱりとは引き返さなかっただろう。

 ユルグは段々彼のやり方を解ってきたように感じていた。

 それはつまり確実にクワイエルに毒されていると云う事で、可哀想な犠牲者がまた一人増える事になる

のだが、それもこれもハーヴィが巻き込んでしまったからである。真に悲しむべき事だ。変人は伝染して

しまうのだ。嘆かわしい事に。

 小人達の方から出て行けと言っているのだから、妨害などあるはずはなく。二人は順調に帰路を進み、

来た時よりも早く、地上まで戻る事が出来た。

 目が慣れるまで光に少し痛みを感じたが、魔力が増大しているせいだろうか、思っていたよりも適応す

るまでに時間はかからなかった。

 それにこの洞窟は、降りるに従いゆっくりと光度が下がり、順々に光と闇に慣れるような構造になって

いる。わざわざ螺旋状にぐるりと回るのには、そういう意味もあるらしい。



「マン、ダエグ   ・・・・・  我へと、還さん」

 魔術を解き、元の大きさへと戻る。自分が生み出した魔術を解くのは、暴走さえしていなければ、そん

なに難しくない。勿論、慎重にやる必要はあるが。

「無事で何よりだ」

 ハーヴィが逸早く気付き、具合を確かめるようにして二人を眺める。怪我をしていないかを見るだけで

なく、何か異常が無いか確認している。

 下手をすれば、クワイエル達が捕まってしまい、変装した者が帰って来るような事や。力ある存在に、

操られてしまっている可能性もある。ハーヴィなら全てを看破出来るとは言えないが、彼が一番大きな力

を持つ以上、その役目は自然に彼へとまわってくる。

 彼が騙されてしまうようなら、諦めるしかない。

「収穫はあったか」

 ハーヴィの率直な問いに、クワイエルももったいぶるような事はせず、ありのままを話す。

 その間にユルグはエルナの側に行き、冗談を言い合いながら、親密な言葉を交わし始めた。やはり同性

の方が色々と気が楽というのか、安堵するものらしい。彼女もクワイエルと二人きりというのは、かなり

緊張し疲れる事であったから、こうして気を鎮めながら、疲労を癒しているのだろう。

 レイプトはどちらとも付かず、一人周囲の様子を確認している。

 その場その場での役割分担というのか、それぞれのやり方、そして全体的にそれをどうまとめるのか、

そういう細々とした事まで、もうこの五名は瞬時に判断して行なえるようだ。

 このチームを結成して、まだそんなに多くの時間が流れた訳では無いが、それを感じさせないくらい、

深い部分で繋がりあえている。

「フム、厄介だな。それでどう考えている。このまま置いておくのか、それとももう一度行くか」

「いえ、このままもう一度行ったとしても、追い返されるだけでしょう。かといってこのまま放っておく

には、解らない事が多過ぎます。安心出来ない」

「どちらも失策、か。ではどうするのだ」

 ハーヴィが首をかしげる。人の仕草がうつったのだろうか、厳つい顔がふいと傾く姿は、何となく微笑

ましい。

「一度引き返し、巨人に会おうと思います」

「巨人? まさかあの巨人か」

「そうです、例の巨人です」

 二人が言う巨人とは、言うまでもなく、余りの放出魔力波の強さに、一度ならず酷い目にあった、例の

おかしな場所で寝こけていた存在の事である。

 小人の大人が巨人の事に触れたのを、クワイエルは目聡く覚えていたのだ。

「なるほど、あちらが駄目ならこちらから、と云うやつか」

「貴方も随分感化されてきましたね」

「フ、その多くはきっとお前のせいだろう。ともかく、今の状況ではその考えが最良かもしれぬ。私には

異論はない」

 クワイエルが確認するように他の三名を見回すと、彼らもそれぞれに無言で頷いた。

 自分の事や役割を果たしながらも、彼らはちゃんとクワイエルとハーヴィの話を聞いている。決して誰

かを疎かにも、自分の事だけに気を取られる事も無い。この一月二月の経験は、確かに彼らにとって何に

も代え難い経験、いや訓練となっていたようだ。




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