9-9.

 しばらく進んで行くと、地面が急に盛り上がり始め、更に進むと、今度はゆるやかにへこみ始めた。火

山を縮小したような地形が思い浮ぶ。

 隆起した地点はそう広くない。端から端まで、数分で歩ける距離だろう。

 その地形は中心部で再び小さく盛り上がり、そこに小さな洞窟が開いていた。苔で出来た洞窟である。

 洞窟の周囲には小さな結界が張られていたが、すぐ近くまで行かないと解らないくらいの、辛うじて洞

窟を覆う程度の規模しかない。洞窟の中を照らそうと、光を宿した苔を放り込もうとして、初めて気付い

たのだから、よほど狭い範囲である。

 しかしその結界内の密度は、その規模に反比例して、火傷しそうなくらい濃かった。

 先の巨人の森とは比べ物にならないが。それでも鬼人などよりは遥かに濃く強靭な魔力。人の背丈の半

分程しかない、この小さな洞窟に、一体どんな種が住んでいるというのだろう。

 クワイエル達は慎重に調べ始める。

 とはいえ、中を照らしたり、覗いたり、声をかけてみたり、その程度の事しか方法が無い。こんなに小

さくては入って調べる訳にはいかないし。強引に、例えば掘り起こしでもしようものなら、この地の主が

黙っていないはずだ。

 クワイエル達は争いに来たのではない。極力嫌われるだろう事は、避けなければならない。

「縮んで入るしかないですね」

 考えた末、クワイエルはそんな事を言い出す。

 当然、他の者はそれを止める。何故なら、どう考えても危険だからだ。

 この洞窟に何が存在するのか、中で何が行なわれているのかも解らない。下手をすれば二度と出て来ら

れない可能性もある。

 相手の魔力の方が何倍も、何十倍も強力なのだろうから、何をしても抵抗出来ない筈。

 もしかしたら獲物を捕らえる為の罠かもしれないし、話自体通用しない相手かもしれない。今まで上手

く異種族と共存してこれたからと云って、ここでも大丈夫などという保証が、あるはずはなかった。

 しかしこういう時のクワイエルは強情で、頑固。それにそれ以外に調べる方法が無いのも確かなので、

説得出来る材料も無い。結局は、

「では、他にどうすると言うのですか」

 と真顔で言われ、ハーヴィ達も唸るしかなかった。

 こうして散々話し合った末(話し合いという言葉とかけ離れているかもしれないが)、結局クワイエル

とユルグが小人になり、この洞窟を調査する事に決められてしまった。

 何故この人選かと言うと。まあ、クワイエルは当然として。まず最も強い魔力を持つハーヴィが、当然

のように同行する事を宣言すると。

「いざという時には、必ず貴方が必要なのです。私と貴方が居なくなれば、エルナ達が困ります」

 とクワイエルに珍しくまともな意見で諭され。

 次にエルナが、どうしても付いて行くのだと聞かなくても。

「私に何かあった時、後を託せるのは弟子であるエルナ、君しかいない。君が付いてくると、逆に心配が

増えてしまう。すまないが、こういう場合は、素直に残ってくれ」

 とまで師から言われれば、黙ってしまうしかない。強情に言い続けるには、あまりにもエルナは素直す

ぎた。

 ではクワイエル一人で行かせるのか、となると、やはりそれはあまりにも危険すぎる。

 残っているのは、レイプトとユルグ。二人を比べると、ユルグの方が魔力は高い。

 こうして、クワイエルとユルグが洞窟調査に行く事が決められたのだった。

「べオグ、イス、ラグ、ヘゲル、ラド   ・・・・・  成長を、止め、その流れのみを、変化し、続

けよ」

 二人の身体が見る間に縮んでいく。それはまるで草木の成長を、逆回しに見ているような感じで、違和

感はあるが、不思議と受け容れがたい光景ではなかった。

「ヘゲル、イス  ・・・・・  変化を、止めよ」

 掌ぐらいの大きさにまで縮んだ所で、すかさず変化を停止する魔術を行使する。

 よくよく考えてみれば、一歩間違えば存在そのものまで消えてしまう、危険な魔術である。

「私も他に思いつかぬが、やはり危険な術だ」

 魔術は想像力に作用される為に、イメージさえ明確であれば、さほど不安に思う事は無いが。それでも

見ている側としては、冷や汗を流す思いだった。

「ええ、出来ればもう使いたくありませんね」

 クワイエルも不安があったらしく、苦笑いを返す。

 他に前に静寂の地で使った、地下に潜る魔術を使う案も無いではなかったが、それだと云ってみれば不

法侵入になる気がして、使う気が起こらなかった。

 下に居るだろう者からすれば、勝手に入って来られるよりは、やはり出入り口だろうこの開いた所から

入られる方が、まだ許してくれるかもしれない。

 このように、クワイエルもそれなりに考えているのだが。不幸なのは、知らない内に巻き込まれた形の、

ユルグである。

 育ちの良い彼女は黙っている事に決めたらしく、いつものようにしていたが。気の毒な事だ。

「ともかく、行ってみます」

「ああ、後は任せるがいい」

 こうして小人になった二人は、入り口に張られた結界を抜け、静かに洞窟へと潜って行く。

 他の三名は、心配そうに二人を見送った。待たされる身としては、彼らも辛い。



 洞窟内は当然のように苔の臭いが充満していた。

 苔の合間から光が入ってくるのか、入ってすぐの為なのか、そんなに暗くはない。くすんだような光が、

苔から滲んでいる。

 息をする度に埃っぽいものを感じるので、慣れていない二人には多少堪えた。

「イング、エオル、ラド   ・・・・  清浄なる、息吹を、保て」

 二人を新鮮な空気の膜が覆う。

 これで何があったとしても、呼吸困難で身体が動かなくなる事はなくなるはずだ。埃や雑菌の類も入っ

て来られない。やはり清浄なる空気こそ、人に必要なものである。

 視界も幾らか開けた。目を開けるのにも苦労しない。ハール直伝の魔術だが、やはり環境を操る術は、

考えている以上に、人にとって効果的なモノらしい。

 クワイエルは遠くに居る師に、感謝を捧げた。

「これは、ハール師の・・・・」

 ユルグが懐かしそうに呟く。

 そういえば彼女も人間と関わってきたのであれば、ハールを知らない方がおかしい。若き鬼人には彼の

直弟子も少なくないと聞く。彼女がその中の一人であっても、おかしくはない。

「師の魔術は素晴らしい」

「まったくです」

 これをきっかけにして、少しぎこちなく思えた二人の間も何となく和み、会話する事も多くなった。

 ユルグが言うには、彼女にとってクワイエルは鬼人と人を繋いだ功労者である以上に、ハールの一番弟

子であり、兄弟子であり、そしてハーヴィの友であると云う事実が大きい。その為、とても軽々しく接する

事は出来なかったそうだ。

 そう言われれば、レイプトも多少緊張する感じで彼と接していた。多分ハールが後の為にと、色々と良

い風に教え、便宜を図ってくれていたおかげなのだろうが。ここまで持ち上げられると、クワイエルの方

が気恥ずかしくなる。

 他にもフィヨルスヴィズと会話する者だとか、人間族の代表者の一人だとか、(事実なのだが)本人が

聞いて吃驚するような認識を持つ者も多いらしく、クワイエルの方が驚いてしまった。

「ハール師・・・、やりすぎですよ」

 あの老人はよほどクワイエルが気に入っているようで、これまでも細々と気を配ってくれ、常に彼の事

を気にかけてくれていた。それはとても嬉しいのだが、ここまでくると苦笑してしまうしかない。

 このままでは、知らぬ間にレムーヴァ政府の代表とかにされているかもしれない。

「時折、嫌がらせかと思います・・・」

「いや、そんな事は・・・。あ、でも師なら・・・」

 などと言いながら、お互いに笑い合い、協力し合いながら進んで行く。

 ユルグは快活に笑い、目は優しく揺れ、実に気持ちの良い笑顔を見せる。何処かエルナにも似た表情で、

彼女もハールによほど好かれていたに違いないと感じた。

 人に愛される事が、統べる者にとって最も重要な事であれば、彼女は紛れもなくそれを満たしている。

それも溢れる程に。族長も喜んでいる事だろう。

「少し、恥ずかしい」

 じっと見ていたせいか、ユルグは照れくさそうにはにかんだ。この辺りはまだ若さが抜けておらず、子

供のようにも思える。

 鬼人も人と変わらない。いや、どの生命も、根底の部分で同じであるならば、やはり共通点、共感しあ

える点があるはずだ。

 上手くいく。上手くいくはずだ。

 クワイエルは祈った。努力と誠意をもってすれば、時間はかかっても、必ず実を結ぶ筈だと。

「どうかされましたか」

「いえ。さあ、行きましょう」

 二人は頷き合い、再び気を張りながら、歩き始めた。

 雰囲気が良くなったからと言って、気を緩める訳にはいかない。ここは敵地となるかも、しれないのだ

から。




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