3.使命


 CA1が前線に投入される事が決まった。整備する為の最低限の人員を伴い、移動する。

 今までの結果が認められたという事だ。科学者達は喜び、祝宴を開いて珍しく大騒ぎしていた。

 軍内におけるCA1の存在感も増している。情報も流出し、中にはわざと漏らしたものもある。画像も幾

らかは流しているようだ。英雄にでも祭り上げるつもりなのかもしれない。

 この戦争が終わったとしても、俺の役目は終わらない。CA1の代わりを俺以上に務められる新型が現れ

るまでは。

 今の技術でもある程度は人工頭脳で代用できるが、自分で判断し行動する事はできないし、プログラ

ムするとしてもそんな複雑なものを組める人間は居ない。

 総合的に考えて、未だ人間は自分の脳以上のものを生み出せない。

 だからもしかしたら俺の頭脳を新型に移植する、という可能性も考えられる。CA1に搭載されたコンピ

ュータ(以後単にCA1と表記する)によれば、すでにそういう計画はあるそうだ。まだまだ俺には利用価

値があるという事だろう。嬉しくて涙が出る。

 それに秘密を知っている俺を政府が簡単に逃がしてくれるとは思えない。

 もし万が一にでも俺の脳の事が知られれば、お偉いさん方は揃って破滅だ。

 将来的にどうなるかは知らないが、今の所そういう倫理が人々の中に働いている。政府もそれを無視す

る訳にはいかない。

 民衆はただの駒に過ぎないが、その駒の支持を失えば何もできなくなるのが権力者という不思議な存在。

民衆と権力者は常に互いを馬鹿にしながら、その時まで同じ道を歩んでいく。

 下らないお遊びとしか思えないが、当人達はそれなりに必死なのだろう。

 馬鹿な事をしているのを理解しているから、必死に取り繕おうとしている、という可能性もある。

 まあ、どちらでも良い事だ。

 俺の感心は彼女の部隊、木崎隊にだけある。

 前線に配備される以上、自然と彼女達に出会う可能性は高くなる筈だが、実時間処理されていくCA1の

情報網に表示される木崎隊の行方は、俺の向かう先とはどんどん離れている。

 現状最も激しい戦場は首都付近、そして最南西の島に造られた軍事基地の二つだが。木崎隊は首都付

近の防衛を任され、俺は軍事基地の方へ向かわされている、という訳だ。

 人型に作られたCA1が最も生きるのは高低差が激しく、森林など障害物の多い、重量のある兵器が動き

難い地形での戦闘である。

 この国には山河が多く、その為に道路、鉄道建設などに非常に苦労した。まだ平地の多い南側は何とか

通す事ができたが、北側は今もほとんど無視されている。

 平和時ならそれでも良いのだが、戦時となると防衛の点において問題だ。

 自然と南側が発展する事になるから北側の人口は少ないのだが、だからこそ軍事施設や発電所などとい

った施設は北側に多くなる。これを護るには制空権と制海権を保つ以外に方法はないが、それは容易い事

ではない。

 そこでどんな地形でもその力を充分に発揮できる兵器、CA1が生み出されたという訳だ。

 だからCA1は必然的に困難な地形に送られる事になる。

 前線に行くという事だけで浮かれていたが、よくよく考えてみればそうなのだ。簡単に彼女に会える程

甘くはない。

 しかし俺は落胆していなかった。CA1の力を用いれば戦況を変える事など容易い。敵軍にCA1に対抗で

きる兵器がない今なら、それができる。



 島の防衛は上手くいった。突如現れたCA1の前に、敵戦力は完全に屈した。限界まで脳を酷使し、最大

の力を最短時間に爆発させたのだ。難しくはない。

 敵は空海軍が連携をとり、見事な用兵を見せていたが。空戦力に対しても、CA1の跳躍能力とロケット

ベルトを基にして作られた飛行装備を使えば事足りた。

 細かな動きなど必要ない。圧倒的な速度で近付き、敵機体をぶち抜き、戦艦も同様に沈める。それだけ

だ。CA1への備えなどある筈も無い敵戦力を壊滅させる事など、楽な仕事だった。

 敵司令艦、司令部を破壊し、できる限りの敵戦力を落とす。射撃兵器も実験として使った。湯水の如く

金を使う事になったが、相応の戦果は挙げた筈だ。数ヶ月かかるだろう防衛戦が、わずか数日で終わった

のだから文句は言わせない。

 食料から弾薬、戦死者の遺族への補償などと総合的に比べれば、CA1の方が遥かに安くあがる。何より

この戦果が敵側へ与える心理的打撃は絶大だ。

 一軍を壊滅させたとすれば、再編するのにもかなりの時間と費用がかかる。暫くは侵攻作戦を行なえな

い。もし来たとしても壊滅させるだけの事。

 脳にかかる負荷も相当なものがあったが、それには目をつむる。今更そんな事を言っても仕方ない。兵

器として生きるしかないのなら、少しでも早く彼女に辿り着き、一秒でも長く側に居て力になりたい。他

の事はどうでもいい。

 家族や友人の事も忘れている。彼女以外に必要な人はいない。

 俺の全てが機械として適応していく中、ただ一つ残る人間としての執着。しかしそれもいつまで持つの

だろう。せめてそれを失う前に、できる事をやっておきたい。

 俺がまだ、いくらかでも人と言える間に。



 多大な戦果を挙げ、CA1の評価は飛躍的に高まった。もうその力を疑う者はいない。資金投入の優先度

も上がった。

 多分、木崎隊よりも優先度が高くなっているのではないか。それくらいCA1は絶大な力を発揮している。

敵も負けじと新兵器を次々投入しているようだが、ただの兵器など俺の敵ではない。愚かな希望と共に粉

々に打ち砕いてやった。

 暫くすると流石に敵も考えたのか、CA1の脅威の下に各国意識を統一し、攻撃目標を首都のみに絞り、全

ての戦力を一点に投入するようになった。

 ようやく望んでいた状況にする事ができた。

 しかし必然的というべきか、CA1にも問題が生じ始めている。連続使用に整備が追い付かなくなり、俺

の脳もまた過度の使用で上手くCA1を動かす事ができなくなってしまっている。

 無敵の人型兵器とはいっても、所詮は人の手で作られた消耗品。どれだけ資金を注いでも、限界を超

えさせる事もなくす事もできない。

 そこで暫く出撃を止め、調整に専念させる事が決定された。

 CA1の力は不可欠なものになっているが、CA1自体を壊してしまっては元も子もない。

 CA1不在の間は木崎隊に任される事になった。



 困難な任務だったが、木崎隊はその役割を充分に果たした。

 CA1という存在の影もある程度助けていたが、木崎隊の奮闘がなければ、おそらく戦線を留める事はで

きなかっただろう。

 弱みを見せない為に時に果敢に前に出、そうでありながら全体を冷静に見、その都度的確な判断を下す

木崎少佐の能力は本物だった。

 俺は彼女が彼の下でその補佐をする立場にある事を心から感謝した。

 彼女は広告塔的な役割がある事もあって、誰よりも安全に気を配られている。もしかしたら木崎少佐以

上かもしれない。彼女自身は不本意だろうが、前線指揮は任されず専ら支援役を務め、激戦の中にいなが

ら比較的安全だった。

 木崎少佐がよほど愚かな失敗でもしない限り、彼女の身は護られる。

 木崎隊は数ヶ月の激戦を見事耐え抜き、予想以上の戦果を挙げて再びその力を上層部に印象付ける事に

成功した。そして調整を終えたCA1は木崎隊と作戦行動を共にする。

 とうとう彼女に会える。この時を、俺はどれだけ待ち望んだだろう。

 ようやく、ようやく望みが叶う。



 久しぶりに会った彼女の美しさは輝かんばかりだった。

 脳だけになったからこそ解る純粋な憧れ、陶酔の美。

 命を賭けて求めた全てがそこに在る。

 肉体があったなら、俺は跪(ひざまず)いて延々と涙を流した事だろう。彼女は俺の女神であり、存在

意義。

「初めまして、CA1。これからよろしくね」

 しかしそう言った彼女の笑顔は俺の知っているものとは違う。そこで俺は彼女が俺の事を知らないとい

う単純な理由に気付いた。

 それは友達としてではなく、初めて出会う他人に向けられた、多分俺がずっと昔に見た事があるだろう

笑顔。忘れていたもう一つの顔。

 俺は思わず彼女の名前を叫びそうになった。だがそれを言えば彼女に迷惑がかかる。最大限の努力でど

うにかそれを抑えた。

 俺の事は知らなくていい。俺はCA-01、彼女を助ける為だけに生まれた兵器。それ以上でも以下でもな

い。それだけを望み、俺は今ここに居る。そうだろう、CA1。

「貴方は私の指揮下に入ってもらうわ。でも基本的には今までと変わりないし、単独任務が多くなると思

う。だけどきちんと私に報告して、逐次貴方の居る場所を知らせる事。これだけはお願いね」

 CA1が機械音声で了承を告げる。

 俺の声をそのまま真似しても良かったし、人間に近い声を合成するのも簡単な事だったが、敢えて古臭

いイメージのロボットらしい声にしておいた。

 これは自分への戒めでもある。お前は機械、もう人間ではないのだ。そう言い聞かせる為の一つの方法。

声を聞く度に思い出せる。

 研究者達は単純に懐古主義と取ったようだ。おめでたい奴らだ。

 だがそうであるから利用できる。ごまかすのも容易い。

 ようやく彼女と繋がる事ができたのだ、せいぜい利用させてもらおう。俺の望み、彼女を護る為に。

 それ以外には何も要らない。俺という存在を彼女が知らなくとも、俺は彼女を知っている。それだけで

いい。どう思われようと、俺はもうCA-01なのだから。



 彼女から命じられた初任務は潜入工作。敵前線拠点に侵入し、情報を得る。できれば暫くの間機能を停

止させる。

 施設の破壊ではないという点が重要だ。

 この作戦は破壊する事が目的ではない。いつでも侵入できるという事実を示し、兵を混乱させる。そし

て後、正攻法で抗えない絶対的な力を見せ付ける。敵軍の士気を落とし、希望を根こそぎ奪う事が目的だ

った。

 正直回りくどく面倒くさい作戦に思えたが、それを考えたのは彼女自身。彼女はできるだけ戦死者を少

なくしたいと考えている。それは驚く事に敵兵に対しても同様であるらしい。

 そういう優しさが慕われる理由の一つなのだろうが、叩かれる理由の一つでもある。

 はっきりと甘い。俺でさえそう思うのだから、彼女をよく知らない人間が遠慮なく非難するのも理解で

きる。

 だが彼女は馬鹿じゃない。人が理想だけで生きられない事を知っているし、現実に理想の入る余地が驚

く程に少ない事も理解している。

 しかしその理想を失えば、戦争がただの殺戮ショーに過ぎなくなる事も理解しているのだ。

 人は甘いくらいでいい。その甘さに逃げてしまえば毒にしかならないが、心のどこかにはそういう部分

があっていい。でなければこの世界は酷く冷たいものになってしまう。彼女はそれが嫌なのだ。

 潜入工作は上手くいった。人を想定して作られた防衛システムなど、CA1の前には無力。誰も俺を止める

事はできないし、察知する事さえできはしない。

 現状考えられる限りの方法は全て回避できる。

 最深部まで到達し、コンピュータを麻痺させ、適度に壊しておいた。復旧するのに一日や二日では足り

ないが、何ヶ月もかかるようなものではない。部品を選別し、取替えのききそうな物だけを破壊した。

 そして音もなく脱出し、彼女に報告する。

 彼女は終始上機嫌だった。望みが叶い、余計な被害を出さない。その事が何よりも彼女の嗜好にあった

からだろう。

 俺もまたその結果に満足した。

 数日後、予想通り敵軍が攻撃に出てきた。馬鹿にするなという事だろう。彼らはいたく誇りを傷付けら

れたらしい。

 CA1が調整していた間、彼らは生き延びてきた。それまでは次々と軍が壊滅させられていたというのに、

彼らは数ヶ月もの間戦い続け、優勢になった事もしばしばあったのだ。自分達は他の奴らとは違う。そん

な気分に満ちていたのだろう。

 自慢の最新鋭の兵器を惜しみなく投入し、この一撃で我が軍を壊滅させんとばかりに襲い来る。全戦力

をこの一戦に使い果たさんばかりの勢いだ。

 しかし結果は全軍半壊、ほうほうの体で逃げ去る事となった。

 愚かなのだ。CA1に対して正面決戦を挑む時点で終わっている。それを教える為の力は散々見せてきた。

それでも理解できない方が馬鹿だ。

 今回は味方の援護もあり、大した損害なく勝利を収めている。

 いや、結局は初めの一撃だったのだろう。

 高くなった鼻を一撃で粉砕する圧倒的な力。それを見せ付けた時点で勝利していた。

 士気は見る間に下がり、及び腰となった敵を潰していくのは難しい作業ではなかった。

 だが輝かしいはずの結果を報告した時、彼女はむしろ不機嫌であるように見えた。

 どこにも高揚はない。淡々と受け取り、型通りにねぎらいの言葉を述べて通信を切る。

 俺は失望させたのだろうか。

 解らない。兵器として最良の結果をもたらした。それは数字にもはっきり出ている筈なのに。

 釈然としないまま、時間だけが流れた。



 一見、彼女の俺に接する態度は変わっていないように見える。しかしよく見ると、どこか避けるような

心が生まれている事が解る。何となくよそよそしい。明らかに初めて会った時とは違っている。

 理由は依然解らない。色々と調べてみたが、相応しい答えは見付けられなかった。軍内の声はCA1への

賞賛に満ち、その戦果を称える者はいても不満を述べるような者はいない。

 CA1に対して懐疑的な者でさえ、その戦果に文句を付けられない。そういう結果である筈だった。

 彼女の不可解な態度は俺を酷く混乱させたが、戦意の衰えを隠す事のできない敵軍を撃退する事などCA1

だけでも容易い事。作戦遂行に支障は出なかった。

 そして俺達は次々と出される任務をこなし、彼女の立てる作戦の正しさを立証していったのだ。

 その果てに彼女の笑顔が待っていると信じて。



 木崎少佐率いる本隊との合同作戦が行われる。

 今までも困難な任務を与えられていたが、それはあくまでも脇となる仕事だった。木崎本隊を助ける為

の補佐的な任務に過ぎず、どうしても二次的なものになる。

 しかしこれからは違う。戦況に大きく作用し、戦争の勝敗を決定付ける重要な作戦に参加する。失敗は

許されないが、勝てば今まで以上の戦果を挙げられる。

 とはいえ、やる事はあまり変わらない。今まで同様基本的に単独で動き、その都度与えられる任務をこ

なす。CA1と肩を並べられる兵器が味方にも居ない以上、当然そうなるのだろう。

 指揮権が彼女にある事も変わらない。木崎少佐付けに変えようかという案も出されたのだが、尤もらし

い理由を付けて俺がそれを止めさせた。今のCA1ならある程度無理を通せる。直接の上司を彼女のままでい

させる事くらい造作も無い事だ。

 そして俺は作戦の打ち合わせで初めて木崎少佐本人と対面する事になった。

 彼と会ったのは初めてだが、彼女に一番近しい者として調べ尽くしている。今では本人よりも詳しい。

 木崎少佐は寡黙で温情があり、部下から理想の父親のように慕われ、無条件に尊敬されている。

 年齢的に考えれば兄とした方があっているような気がするのだが、父という威厳を用いた言い方の方が

しっくりくる。そんな男だ。

 俺が初めて会って受けた印象も丁度それで、何をさせるにしてもこの男に任せておけば大丈夫だと思わ

される何かがあった。

 決して彼は期待を裏切らない。

 だがそれは彼女と同じく半分は作られたもの、演技だ。全てが嘘とは言わないし、元々その下地となる

素養を持っていたのだろうが。祭り上げられるとそれだけでは対応できなくなる。

 だからこの男もおそらく木崎少佐という人物を演じている。

 気の毒な事だ。

 だがまだ幸いな方かもしれない。演技くらいなら、用が済めばその仮面を剥げばいい。しかし俺はもう

戻る事などできはしない。

 だからこうも苛立ちを覚えるのか。

 誰よりも多くの人の最良の友になれるのだろうこの男が、俺は何故か憎らしくて仕方なかった。

 羨ましかったのかもしれない。

 この男は俺がこうまでしてようやく手に入れられたものを、簡単に手に入れる事ができる。

 そう思うと嫉妬を止める事はできなかった。

 この男は俺がなりたかった理想の人間を思わせる。

 それが無性に俺の心を波立たせ、落ち着かなくさせるのだ。

 どうにか抑えたが、いつまで抑えられるかは解らない。

 だが俺もCA-01を演じ続けなければならない。

 腹の立つ事に、ある面で彼と俺は誰よりも似ていた。

 彼女を護れるという点においても。




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