愉悦の自虐心

雷神堕つ

　まるで何事も無かったかのように、ロンはその手の槍を掲げるように、胸の前に構える。静かであり、

それでいて感じ取れない何かで常に気圧されているような、そんな不思議な圧力に満ち満ちていた。

「わ、我はインドラぞ。王に次ぐ者として生み出されたのだ。そんな我も屠ると言うのか化生の者よ。

少なくとも我等は特別なキメラなのだぞ、最も近しい存在なのだ。そんな我を屠ると言うのか」

　先ほどまでの圧倒的なまでの存在感も消え失せ、ただうめくように命乞いめいた事を続けるインドラ。

「・・・・・・・」

　だがそれもロンの槍の一振りで振り払われる。インドラの二対の手ごと、無慈悲にヴァジュラを吹き

飛ばされてしまった。更に斬撃は続き、即座に腕を全て斬り落とされた。血が根元から滝のように流れ

落ちる。緑に濁った血液は不快感を募らせる。

「ヌワアアアアアッ！！？？」

　苦しみもがくその姿を映したロンの眼は、冷ややかと言うよりは何も目にしていないように、やはり

虚ろに眺めている。心すら失った、人形のようなその瞳は、ただただインドラをして恐怖せしめる。

「くッ、我はインドラ。死ねばもろともよ！！」

　限界を通り越した恐怖が強攻へと転化したのか、それとも本来備わっているはずの胆力を取り戻した

のか、インドラは跳び下がり。再び全身に気合を込め始めた。

　消えかかっていた闘気が再び燃え上がるようにその身を包み、発光するように徐々にその勢いが増し

て行く。

「ヌオオオオオオオオッ！！！！」

　更に光は強まり、それを超えて熱となり、更にそれすら超えて雷を生む。火花が無数に生まれ、無数

に弾ける。そしてまたそれが雷となり、際限無く強まり続ける。

　眩しい程になったその雷光は唸りを上げて、インドラを包む一本の柱となる。

「くッ、また何か来るぞ。五感を伏せろ！！」

　ギルガはまだ酔っている脳を無理矢理働かせ、身体の奥底から絞り出すように再び警告の声を上げた。

　他の三人は呻き声も出せず、ただ蹲っていたが。それでもギルガの叫びを認識出来たようで、もぞも

ぞとまるで光を恐れる土虫のように身体を抱えて丸くなった。そして耳と目をしっかりと塞ぐ。

「しかし、なんてえ闘い方しやがる・・・」

　痺れが全身をのたうち回っているようで、口を開くたびに声では無く血が噴き出そうだった。音も光

も人間の許容限界を明らかに超えている。人間はどこまでも人間だと言う事を、文字通り痛烈に思い知

らされる思いだった。

「次が思いやられるぜ」

　ギルガは半分いじけるように丸くなった。そう、これですらミドガルズオルムの前哨戦にすぎないの

だから。

「フハハハハ！共に燃え尽きるのも一興よ！！我と滅せ、化生の者！」

　一本の雷柱と化したインドラは叫び、自滅の快楽へと自らを投じた。使命感にも似た決意がその表情

を愉悦に歪めさせる。

「・・・・・トールハンマー・・・起動・・」

　しかしロンは変わらず、ただ静かに立つのみ。

　彼の持つ槍、グングニルもチリチリと雷を纏い始めた。輝きがうねり、ゆっくりとそれが大きくなる。

インドラの雷に反するように、あくまでも穏やかな人工灯のような光を発しながら、しかし雷柱すら越

える熱量をビリビリと感じる。

　そしてそれらの雷が槍先に集い、研ぎ澄まされていく。痛い程に引き絞るかの如くギリギリと。

「堕ちよ、ロンギヌス！！」

　恐怖に狂ったインドラが雷柱を爆発させ、雷弾と化して空間を喰らいながらロンへと一進に向かう。

「フハハハハハハ！！」

　インドラは歓喜に包まれている。

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