比類なき真のキメラ

御前

　花火の残骸のような雷片がパラパラと舞い落ちる。

　そして静寂に安楽を覚えた人間達が再びロンの元へと集まった。ロンの変貌に関してはもう誰も何も

言わなかった。

「おい、小僧。いよいよ王さんのお出ましだ、準備は良いか？」

　ギルガの問いかけにも。

「ええ、行きましょう」

　ロンは迷い無く答え。静かに近付き、目の前にある大扉をゆっくりと開いた。その大扉はギギギと大

きな擬音を奏でる事も無く、大きさから見れば呆気ない程スムーズに開いて行く。

「ひゃー、凄い力だ」

　レイが純粋に驚きの声を上げる。材質は解らないが、その大扉はとても分厚い。ステーキにしたら、

いくらギルやギルガでも食べ切れない厚さだろう。そんな事を考えていると少し涎が出てきてしまった。

「うう、やばいやばい」

　いくらマイペース人間レイとは言え、ミルドと言う妙齢の美人の前ではしたない姿は見せたくは無い。

慌ててゴシゴシと袖で拭う。

「そう言えば、腹へってきてるな」

　ギルが目聡くその姿を見たのだろう、そんな緊張感の無い事を呟いた。気付いてみれば、この研究所

に踏み込んでから水一滴飲んでいない。それであれだけ暴れて走り回っていれば、腹も悲鳴を上げて当

然と言うものだ。

「これで良かったら口に入れておけ」

　そんな二人に気付いたのか。ギルガがぽいと干し肉と干し魚を投げて寄越した。一般的な携帯食であ

る。そして自分は水筒の水をごくりと飲み始めている。

「腹が減ってはなんとやらだね」

「ああ、いただこう」

「乾杯」

　レイとギルはお互いの携帯食を擦り合わせてから、一気にその口の中へと放り込んだ。噛む度に旨味

が滲み出してくる。とても美味い。

　ミルドは可笑しそうに最後尾からそんな光景を眺めていた。

　ロンは静かにただ先頭を進む。

　大扉の奥には一変して自然洞が広がり、下へ下へと向かっていた。単純に下への一本道だから、迷う

心配も無い。光苔でもあるのか、洞内も充分に明るくて、その苔等でぬるぬるとしている訳でも無いの

で行軍も楽なものだった。おそらく、走っても問題無かっただろう。

「まるで人工物だな」

　注意深く周囲を観察していたギルガが呟く。自然洞と言うしか無いほど人工物は見当たらないのだが、

この整然さは如何にも作り物めいた感慨を抱かせる。

「正に王室だな、手間と金を無駄にかけやがって」

　そう言うモノに何か嫌な思い出でもあるのか、ギルガは洞壁に唾を吐いた。いつもは注意しているは

ずのミルドは、進む内に緊張が高まって来ていたのか何も言わなかった。

　皆、徐々に口数が減り、歩の音だけが微かに洞内に響く。

　それから程なくして、驚く程広大な空間に遭遇した。まるで海のように広大な空間に。

「良くここまで来たものだ、人間・・・そして愚かな同胞よ・・・」

　そしてその海から低く良く通る声が耳に飛び込んで来た。

　目前には、視界一面を染める深い紅と静かに蠢く長大な黒が存在している。

　燃えるような真っ赤な口が開くのを見て、人間達は一面を染めるそれがただ顔だけであるに過ぎない

事を悟らされた。ベヒーモスですら一呑みしそうだ。

　人間達の心をゆっくりと畏怖、いや恐怖の感情が支配し始めた。　

　自らはなんとちっぽけな存在であったのだろう・・・・。

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