愚かしき定め

課された宿命

　こんなモノに勝てると思っていた自分が酷く愚かしいように思える。

　ギルガは静かに溜息をついた。

「我に会い、わざわざ絶望する為に来るとは愚かな事だ」

　ミドガルズオルムの吐息だけで吹き飛ばされそうだ。憐れむようなその声にも、腹立ちも覚えられな

い程その言葉は自然で、当たり前のように思えさせられる。

　ミルド、レイ、ギルは気圧されたかのように、呆然と佇んでいる。このキメラに比べれば、先ほどの

インドラの一撃も遥かに霞む。その威圧感は前に立つだけで無力感に魂を砕かれそうだ。

　ロンはまた少しずつ変わり始めているのか、ただそれを眺めているように見える。

「このまま潰されてたまるか！」

　気を抜けば震えそうにもなる歯をぐっと噛み締め、ギルガはゆっくりと一人前へ歩み出た。そしてミ

ドガルズオルムの馬鹿げた程巨大な鼻先を睨みつけ、色んなモノを跳ね返すように言葉を放つ。

「お前の首を貰い受けに来た！！そのくそでけえ首をさっさと寄越しやがれ！！」

　しかしその言葉にもミドガルズオルムは怒りもせず、止めもせず、ただ憐れむように目を歪めた。そ

して逆にギルガへと問う。

「何故に？」

　その問いに、ギルガの心は激しく燃え上がった。芽生え始めた無力感を燃え尽かせる程に激しく。

「なにゆえだと！てめえらが人間に喧嘩をふっかけておいて、今更何を言ってやがる！！」

　しかしその怒りの炎すら、その辺の光苔程にも感じ無いのか。ミドガルズオルムの口調は変わらない。

「喧嘩を仕掛けた訳でも無い、人間を憎んでいる訳でも無い。それが我らの定めだからだ」

「定めだと！何を言ってやがる！！」

「聞くが良い、人間よ」

　更に吹き上がろうとするギルガを、何を思ったのかミドガルズオルムは静かに制した。

「折角此処まで来たのだ、聞いて逝くが良い人間よ」

　静まったギルガを見据えて、ミドガルズオルムは再びゆっくりとその長大な口を開く。

「人間よ、貴様達にも抗えぬ欲望があろう。食べ、眠り、半身を抱く、それは必ずしも自らが望むもの

では無く、自然に欲するもの。決して抗えぬ生命の業であり、命を繋ぐ生命の真理でもある。我等が人

を襲うのもそれと同じ、抗えぬ欲望なのだ」

「何を言ってやがる！てめえらは人間を喰う訳では無いだろうが！！」

　ギルガは改めて怒りを吹き上げる。殺したいが為に殺す、それ以上の悪意があるだろうか。少なくと

も彼にはやはり喧嘩をふっかけているとしか思えない。それも種の存亡をかけた、ギリギリの喧嘩だ。

　しかしミドガルズオルムは変わらず、静かにそれを制するように淡々と言葉を紡ぎ続ける。

「その通りだ。我らは人間達の業を一切持っておらぬ。そして生命の輪に入ってすらおらぬ。我らは子

を生す事も出来ず、最早創り出す事も出来ぬ。いずれ知恵無き獣のみとなり、種としてはゆるやかに滅

亡して逝く他は無い」

「だったら何の為に人間を滅ぼそうとしやがる！！」

「言ったであろう、それが我らに与えられた定めなのだと。貴様等が命を存えさせる事が、言わば神か

ら与えられた使命だとするならば。我らが人を滅ぼす事は、我らが神、ロキ・サリアスより与えられた

使命なのだ」

「な、なんだと！？」

　これにはギルガだけで無く、その場の人間四人全てが驚愕した。戦慄したと言っても良い。

　今に伝え残る歴史からすれば、ロキ博士率いるシンクタンク・アポクリスプはキメラの危険を逸早く

唱え、軍首脳部に警告を呼びかけた事になっている。そして結果としてキメラに滅ぼされるまで、その

事に殉じたと。

「フフ、人間よ。何が真であるか、何が偽であるか、そのようなモノは全て何者かが創り出すモノ。真

実は今や我の胸にのみ存在する。我が腹心として生み出されたオーディンにも、インドラにも知らされ

ておらぬ。その秘を知りたいか、人間」

　ギルガは最早何も言えず、ただゆっくりと頷いた。

「全てはロキ・サリアスの暇つぶしに過ぎぬ、奴は人類の再生と言っていたが。ただの殺戮遊戯に過ぎ

ぬ。我等が人を最小にまで滅ぼし、次いで我らが滅ぼされる。それが真実だ」

　そしてゆるゆるとミドガルズオルムの長大な顔が浮き上がっていく。立ち上がろうとしているのだろ

う、地響きとともにその振動で視界が歪む。

「しかしロキよ、我は貴様の思い通りにはならぬ。ならぬぞ！！！」

　その咆哮の先には変貌したロンの姿があった。　

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