仮勝

生滅

　ロンはゆらりと立ち上がる。

　目前にはミドガルズオルムの長大な体躯そしてその大口に灯される終焉の炎。それが揺れる度に顔を

赤が撫でて行く。

　しかしその目は虚ろで、何物も捕えた様子は無い。ただ静かに見開いているのみ、機能云々はどうで

も良いのかも知れない。彼にとって、それはただ開いていれば良い。

「・・・・ダメージ微小・・・エネルギー激減・・・キメラ・・・滅せ・・・滅す」

　その唇からは吐息のように単語が零れ出ている。今は誰もそれを聞き止める者はいないが。

　彼はゆっくりと大槍を掲げ、そして再度呟いた。

「・・・タスラム・・起動・・」

　槍全体から熱波が生じ、それが彼の全身を覆って行く。それは強まり、熱は球型へと安定する。

「！！！！！！！！」

　それを見届けるようにミドガルズオルムから劫火が降り注ぐ。

　熱弾と化したロンは飛び出すように跳躍し、炎へと向かう。

　そして二つの熱塊は再び激突した。

　熱弾が炎を八方に散らすように中心を貫く、だがそれも長くは続か無かった。徐々にその勢いは劫火

に削られ、静かに圧されて行く。ゆっくりとゆっくりと、だが確実に押し戻されて行く。

「エネルギー限界・・・・・タスラム・・・中断・・」

　炎に熱を削り取られるように、熱弾足らしめていたモノがロンより剥がれ落ちて行く。卵の殻でも割

るようにボロボロと熱片を撒き散らしながら。

　そしてロンの肉体は炎に侵蝕され始めた。指から甲へ、髪から瞳へ、槍先からスローモーションのよ

うにパラパラとその瞬間を空に映しながら流れるように。炎に包まれた肉体は灰も残らず消え去って行

く。

「くッ！！」

　ギルガ達はあまりの熱量に目を開けていられない。再び下に伏して、両目を覆いやり過ごす。

　人間達は、まるで神の怒りに怖れる信者のようにか細くそれが収まるのをじっと待っていた。絶えず

上がり続ける高温に、まるで大気まで発火しそうだった。

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・！」

「・・・・・・・・！？」

　それからどれくらい経っただろうか。不意に軽い、しかし熱波も切裂くような確かな音がキンと響い

た後、季節の変わり目のようにすっと全身を襲っていた熱波がするすると退いて行った。むわっとした

熱感はまだ残っているものの、肌を撫でる大気は緩やかだ。

　ミルドはゆっくりと目を開いた・・・。初めに飛び込んで来たのは、穏やかに照らす光苔の光、それ

から長大な黒、紅い瞳・・・そして・・・。

「そんなッ！！！嘘よ、そんなのッ！！」

　最後に彼女の目に映ったのは、燃え崩れ、静かに落ちて行くロンの残骸だった。そしてそれも、すぐ

に消え失せた。そして炎片はその下に突き刺さっているロンの大槍に零れ落ちる。

　大槍はそれを合図にしたように、いつも彼が握っていた棒へと姿を戻した。刃を失ったそれはころり

と転がり、再びあの乾いた音色が奏でられた。

「フフ、ロキよ・・・最後は我の勝利なり・・・」

　最後にミドガルズオルムの哄笑が彼女の耳に、全てを打ち消すように大きく響き渡った。

「嘘よ・・・」

　彼女は自分がその場に崩れ落ちるのを感じた。奈落へと、その心と共に。

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