光雷の神撃

雷神の鉄槌

　その禍々しい双口から吐き出す吐息が赤く蒼く。その度に視界を赤と蒼が横切っていく。こんな至近

距離でキメラを見るのは二人とも初めてだろう。

「ギッ、ギッ、ギ、ギル！」

「な、何でこんな・・・こんな所に・・・」

　二人の青年はケルベロスの姿に気圧され、まともに喋る事も出来ない。渦巻く恐怖、死への予感、何

より生への渇望。生きたい、生きていたい、死にたくない。

　逃げろ逃げろと頭から何度指令を出しても、身体はぴくりとも反応しなかった。本能で逃げても無駄

だと解っているからかも知れない。何にしてもその姿から一瞬たりとも目が離せなかった。離せば、い

や瞬きでもしようものなら・・・・・・。

「ガオルルルルルルルルルル！！」

　赤い二つの双眸は圧倒的な何かを吐き出しており、視線だけで食い殺されそうな、そんな錯覚を起こ

させる。

「ギ、ギル！早く逃げないとヘルハウンドが・・・」

　ようやくまともに口を開いたレイの努力も虚しく、すでにヘルハウンドも包囲するようにしてこちら

を睨んでいた。

「フシュルルルルルルル！」

　ケルベロスに比べれば如何せん迫力不足なのは否めないものの、それが全包囲から聴こえ、視界に入

るとなれば話は別だ。

　逃げ場が無い。まさに死の宣告を受けたに等しい衝撃を二人は味わっていた。

　しかし・・・

「おい、レイ。おかしいぞ、奴ら皆こっちを見てない。見てるのは・・・・」

　レイがギルの視線を追いかけると、そこには。

「ロ、ロンッ！」

　いつの間にか立ち上がっているロンが、また呆けたようにケルベロスを見ていた。そして、キメラ達

もロンだけを認識しているように、そこだけをじっと睨みつけている。

「ガオルルルルルルルルルル！！」

　まるで仇敵とやっと巡り会えたような、そんな憎悪の篭った視線で。そして、どこかそれは懐かしそ

うにも見えた。

「・・・・・・・キメラ・・・ケルベロス・・・・」

　対するロンはまったく微動だにせず、と言うよりも現状を認識出来ているのかも怪しい程に、何をす

るでも無く眺め。何かを確認するように呟きを反芻している。

　そして何か細かな振動音がするような・・・・。

「おい、あれを・・・・あれは何だ・・・レイ？」

「あれは・・・解らないよ。ただロンがいつも持ってた物で・・・だから・・・・」

　次第に大きくなる振動音と共に、ロンが持つ棒状の物体が目に見えて震えているのが解る。そして、

少しずつ何かに変わっているような・・・。

「ガオルルルルルルルル！！！」

　一方のケルベロスはその音に苛立ったように、大地を引っ掻いて雄叫びを上げる。するとそれに合わ

せるようにヘルハウンド達も咆哮する。まるでその音を消そうとでもするように。その音から意識を逸

らすように。

「キメラは滅す・・・・ケルベロスも滅す・・・・。全て滅す！」

　ロンが手の棒を振るう。細く木霊するような音が空間を貫き、その棒の先に刃が現れた。細長い槍の

ような形状に変化する。刃も細く鋭い。

「ヘルハウンド・・戦力外認識・・・・。対一種撃滅・・・・グングニル！！」

　ビリビリと槍は更に振動し、槍先が薄く発光し始める。

「グルルルルルルルルル！！！」

　ケルベロスは睨みつけながらも、何かに圧されでもするようにじりじりと後退し始めている。

　しかしそれを振り払うかのようにゆっくりと口の一つを開いた。

「ブ、ブレスだッ！今度は左のコールドブレスだよッ。ロン、逃げろ！！」

「逃げてくれ、ロン！！」

　レイとギルが必至に叫ぶ。しかしロンは何も認識出来ないように、ただ低く呟く。

「！！！！！！！！！！！！！！！！」

　そして声にならない叫びと共にケルベロスが吹雪を吐き出した。進路上の木々を回りの空間ごと凍り

つかせながら、一直線にロンへと向かう。

「ロンッ！！！！」

　しかしロンはそれが見えてでも無いかのように、ただゆらりと槍を振り被った。

「トールハンマー・・・起動・・・・」

　そしてそのまま勢い良く槍をケルベロスへと投げ付ける。

　澄んだ音色を奏でながら槍は吹雪を切裂いて行き、瞬時にケルベロスの眉間に容易く突き刺さった。

そして光が弾け、恐ろしい程の轟音と衝撃が巻き起こる。

「うわわああああああああッ！！」

「ぐああああああッ！！」

　レイとギルは両耳を押えながら必至に耐える。まるで脳が捲れていくかのようだ。意識が薄れていく

・・・・。

　そしてロンが手と槍を結ぶ光帯を引き寄せると、棒状に戻った槍は静かに彼の手の中へと戻って行っ

た。

　ケルベロスの蒼い巨体が地面に伏す音を聞きながら、二人の意識は限界を迎えた。

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