ギルガは今日も行く

取るに足る噂なら

　ミノタウロスとの遭遇後、特に何事も無く。火の集落まで予定通りの日程で辿り着いた。隊員達の顔

にもそれほどの疲労色も無く、かえって少し暴れられてすっきりしたと言う感じだったかもしれない。

　キャラバンには辛い事は数在れど、楽しみは数える程も無い。数少ない女性隊員とのロマンスもそれ

以上に少なく、後は酒か乗馬の世話や武器の整備と言った所か。

　ただ、集落に着いた時だけは別だ。どこの集落でもキャラバンは歓迎され、英雄にも似た扱いを受け

る。過酷なこの世界でも最も過酷なキャラバンの至福の一時。

「よーし、積荷を下ろせ。しばらくは好きにしていいぞ！」

　隊長ギルガのその一声で、隊員達は待ってましたとばかりに歓声を上げて一斉に方々へ散る。ギルガ

隊は集落では基本的に自由行動を旨としている。

「まったく相変わらず現金な奴らですぜ」

「お前も似たようなものだろうが、リック」

「それは酷いですぜ。あっしはこれから交渉なんですから、もうちっと労わって下さいよ」

「良いからとっとと行け。わしもこれか長老と会わねばならんのだから。残業はお互いさまよ」

　リックは身も蓋も無いですぜ、と言いながら集落の交渉役の元へとひょこひょこ歩いて行く。あんな

奴だが、あれでも交渉の腕だけは敬服する。キャラバンには不可欠な人材だ。

　火の集落の名の通りこの集落では至る所に竈や炉を見かける。元々鉱山だった所に隠れるように住み

ついたのが始まりだと言われており、今でも坑道に行けばその名残を見る事が出来る。その為、鉱物資

源には事欠かないが、変わりに植物等が非常に少ない。食料の収穫も当然期待出来る訳も無く、キャラ

バンの齎す食料が無ければ集落としてもこうまで大きくはならなかっただろう。

「ギルガ殿、いつも世話になっております」

「エンリ長老、こちらこそ毎回歓迎していただいて、ありがたい限りです」

　ここの長老はいつもこうしてギルガを出迎えてくれる。もう年齢は初老の域に達しているだろうが、

それでも昔は相当な美人だったのだろうと思わせる上品な顔立ちと物腰はとても好感が持てた。

　お互いもっと若い時に出会いたかったものだと、ギルガはいつも思ってしまう。それだけ自分も歳を

とってしまったと言う事なのだろうが。

「この集落は皆さんがいなければ生きてゆけませぬ故」

「いえ、わしらもここの武器が無ければキメラとは戦えませぬし、それはお互い様ですよ」

　お互いに側の平らに削られた岩に腰を下ろして一息をつく。

「そう言えば、最近のキメラの動きはまた活発になってきたようで。この集落の近くにも度々現れてい

るようです」

「ええ、どうも何かを探しているようだと森の集落でも聞きました。どうもきな臭い匂いがします。折

角ですから、わしらが見てきましょう」

「よろしいのですか？そうしていただければありがたいですが」

「丁度この近くの遺跡にも寄って行こうと考えていた所ですからね。どうせキメラは遺跡を根城にして

いるでしょうし。それにキメラを撃退するのも仕事の内ですよ」

「では、武器の方は私共にお任せくださいませ。どうかよろしくお願い致します」

「解りました。明日にでも行って参りましょう」

　それから一頻り雑談を交わした後、エンリ長老はゆっくりお休み下さいと言って静かにそこを辞した。

おそらくまだ雑務が残っているのだろう。どこの長老も常に激務に追われている。

　それを思えばキャラバンの長など、まだ気楽なものかも知れないとギルガは思った。

「まあ、今日はゆっくり楽しみ、疲れを癒すとしよう」

　長老の計らいだろう、入れ替わりのように現れた数人の若い女達に囲まれ、ギルガは大いに飲み、大

いに笑い愉しんだ。

　その日、火の集落はどこも一晩中明かりと人の声が絶える事は無かったと言う。

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