ギルガへの災厄

夕闇の降る遺跡

　立ち込めていた硝煙が音も無く瓦礫の隙間へ吸い込まれて行く。壁へ、天井へと。

　硝煙が出来上がるのも晴れるのも速かった。

「・・・・口径は大きな方なのによ」

　現れた鬼の巨体には、予想通り掠り傷一つ・・・・・いや、よく見れば身体中にほんの少し弾痕でへ

こんだ痕が見える。だが、少しへこませたくらいでは何の慰めにもならなかった。現に見る間にその程

度の傷にもならない傷など、跡形も無く消えて行っている。

「フハハハハ、その程度ならば良いマッサージだな。兵器の質まで落ちたとは、救われぬな人間は！」

　その声で漂っていた残りの硝煙も吹き飛んで消えた。

「でけえ声しやがって、この角野郎が！とっておきの奴がまだある、こいつでも喰らいやがれ！！」

　ギルガは懐から赤色の弾薬を取り出して装填し、銃口を鬼に向けて狙いを付ける。この巨体であれば

目を瞑ってても当たりそうだ。

　この赤い弾薬には燃焼力の高い油と銅片が詰められている。言わば火炎炸裂弾と言ったところか。ギ

ルガが先人に習って、いつもお守り代わりに一つだけ身に付けている特殊弾である。高価なので、そう

そう使えない。

「フン、出し惜しみするのが人間の愚かな所よ！初めから使っておれ、痴れ者めが！」

「ごちゃごちゃ煩い！ならお望み通り喰らいやがれ！」

　そう言いながら、片手で他の隊員達に下がれと合図を送る。例えこの切り札が効いても、現在の手持

ちの武器では致命傷どころか掠り傷一つ負わせられない。ならば逃げるしか無いだろう。

　流石にここに居る隊員達は慣れたもので、不自然なく静かに下がって行く。

「後で後悔しても遅いぞ、この角野郎め！！」

　そしてギルガは引き金を引いた。勢いよく弾き出された弾丸が一直線に鬼の胸部へと突き進む。

「ハアアアアアッ！！」

　鬼の筋肉がみるみるせり上がり、音を立てるようにあっという間に胸板が盛り上った。切り札を警戒

したのだろう。獅子のように狩りには全力を尽くすタイプらしい。

　そして盛り上る胸板に引き寄せられるように、弾丸が衝突、爆破炎上した。

「グオオオオオオオオッ！！」

　弾丸から飛び散る熱せられた銅片が胸全体に散りばめられ、更にその熱で油が燃え上がる。さしもの

の鬼もこれにはたまらず、片足を付きながら胸を掻き毟るようにもがいている。

「これで少しは時間稼ぎになるか・・・・本当に少しみたいだけどな」

　炎はすでに弱く、銅片で与えた個所も見る間に回復している。

「化物め・・・」

　ギルガも即座に撤退を開始した。だがその前に・・・・。

「人間があッ！！」

　鬼の目を見てしまった。ほんの一瞬の油断だったかも知れない。いや、油断とも呼べない程のものだ

ったのかも知れない。だが、ギルガは見てしまった。この怒りに燃える恐怖を司るキメラの目を。

「なッ！？」

　その途端、身体が凍ったようにまるで動けなくなってしまった。目が逸らせない・・・。蛇に睨まれ

た蛙そのものと言った感じで。

「調子にのりおって！貴様もこの銅片のように砕け散るがいい！！」

　気合と共に銅片を吹き飛ばし、炎をかき消した鬼は怒りに燃える目はそのままに、建物を響かせなが

らしっかりと近付いて来る。

　振り下ろされた足で瓦礫を踏み崩し、振り上げれば蹴り飛ばし、更に細かい瓦礫の小山が歩く度に無

数に出来上がる。

「リックめ、早くしやがれ・・・」

　その間、ギルガに出来る事と言えば、心底から湧き上がる恐怖を必至に押さえつけるのみであった。

　そして世界は完全に朱に染まった。

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