心の中に奮えるものを

虚栄心、天を越えず

　そして鬼はギルガの首に手をかけ、ゆっくりと持ち上げた。

「ほほう、我の目を見て発狂しないだけでも大したものよ！それだけは誉めてやる！」

　がっちりと首を掴まれ、首に全体重がかかってだんだん視界がぼやけて来る。苦しいと言うよりは、

虚しい。強力なキメラの前には人は正に無力。

　当然だろう、その為にキメラは創られたのだから。

「ふん、お前に誉められた所で一文の得にもならん！」

「粋がるな人間よ！我の前に無力に死すが人の定めよ！しかも、貴様ら人間が創った定めよ！」

「うるせえ、角野郎！」

　ギルガは先ほどから全身に力を込めているが、やはり指先一本すらぴくりとも動かない。麻痺では無

く、確かに脳からの指令は伝えているのに身体がそれを無視するのだ。そして別の指令を受け取ってい

る。つまりは無様に震え、と。

「我を傷つけた罪、人間にしては大したものだが許す訳にはいかん！楽には殺さぬぞ！」

　そして振るわれた拳がギルガの身体をくの字に曲げる。

「がふぁっ・・・！？」

　腹の底から生暖かいものが込上げて来る。嘔吐するか？・・・・・しかし予想を越えて口から流れ出

たものは赤く濁っていた。そして一呼吸置いて鋭い痛みが腹部を紫電のように貫く。次第に鈍くなるも

のの、痛み自体はまったく引かない。

「脆弱、脆弱！つまらぬわ、人間よ！」

　鬼はギルガを瓦礫のゴミのように無慈悲に投げ捨てた。

「つまらぬ、つまらぬ！」

　張り合いが無いと言う意味なのか、それとももう飽きたと言う事なのか、どちらとも解らない鬼の呟

きだったが、ギルガにはそんなものはどうでも良かった。

　ただ、痛みだけが身体を支配している。そのおかげで鬼の目の呪縛から逃れれたものの、状況はむし

ろ悪化し続けている。

「ぐう・・・・・・」

　そして死ぬ時に一人なのは少し寂しい気がした。だが、部下達が逃げられたのならば、ここで死ぬの

も本望ではあった。

　口から流れる血は止め処なく、何処から出てくるのか自分でも不思議なくらいだった。

　頭がぼんやりと薄れ、眼鏡越しのように視界にも現実味が消えていく。

「ああ・・・・くそッ。せめて・・・最後の一燃えを・・・・」

　歯を食いしばって、拳を大地に突き立て、無理矢理に状態を起こす。痛みが酷くなるが、その痛みす

ら現実感が薄れていた。

　倒れそうになったその時。その時、確かに聴こえた。人生で最も聞き慣れた、自分の名を呼ぶ声が。

　そして身体を支える腕が、ゆっくりとギルガを起き上がらせる。

「隊長、様ァ無いですぜ」

「ふふ、一発でこの様だからな。わしも衰えた」

　リック隊、そしてギルガ隊の隊員達も一緒に。

「まだ居たのか、人間め！羽虫よりも脆弱な奴らめが、望みどおり滅してくれよう！」

　鬼はうんざりとした目線を寄越した。

「隊長、これを使って下さえ・・・」

「何だこれは・・・まさか、刀か？」

「へい、おそらく。それからこれを」

　と言いながら、リックはギルガの口にカプセル薬を放り込んだ。

「げほッ、ごほッ・・・・何飲ませやがった、この野郎」

「即効性の痛み止めですぜ、隊長」

　見る間に痛みが引いていくのが感じられた。治ったわけでは無いが、これで何とか動けそうだ。

　ギルガは静かに立ち上がり、すらりと刀を抜き放つ。まるで刀身自体が発光しているかのような煌き、

そして手に馴染む重みが心地良い。

「この刀は・・・・・・よし、この刀ならば。リック、隊の指示と援護を頼む！」

「了解しやしたぜ、隊長！」

　ギルガは薄闇に光る刀を手に、再び鬼を睨み付けた。目では無く、喉元のみを。

「大層な刃を持っても、所詮我らキメラには通じぬ、通じぬ！その陳腐な希望と共に葬り去ってやろう。

まずは貴様ら人間共からな！」

　静かに辺りは闇に沈み始めている。

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