転機ありき

晴天の霹靂

　次に来る予定のキャラバンが森の集落に着いたのは、予定の三日遅れだった。ただ、キャラバンの予

定は限りなく未定に近いものであり、変更するのは珍しい事でも無かった。

　悪天候、キメラとの遭遇、予定を狂わせるものは数限りなく存在する。

　今回の原因はどうやら、キメラとの遭遇戦の所為らしかった。

　どの隊員にも大なり小なりの負傷の痕がありありと見え、集落に到着するなり皆倒れ込むように寝台

へと向かった。その為交渉や情報交換等は明日へと持ち越される事になった。

　そして騒然とした一夜が明けた。

「ミルド隊長、今回は災難でしたな」

　長老ラフィアスがキャラバン隊長に声をかけた。今は二人長老宅で寛ぎ、例のハーブティーを振舞っ

ている。今日はリアも居る為、簡単な食事も出されている。ハムエッグ、サンドイッチと言った気軽に

食べられるものがテーブルに並んでいる。その中にはリア特製ハーブクッキーの姿もある。

　長老から教わったハーブの知識を応用した物らしい、身体に良く優しい口当たりが心を和ませてくれ

る。勿論、味も評判が良い。

「ええ、キメラが活発になっているとは一つ手前の河の集落で聞いたのですが。予想以上でした」

　ミルドはさらさらと透き通った赤色の髪をなびかせ、前髪を静かに払いながらハーブクッキーを口に

した。後ろは腰の辺りまで伸びていて、そろそろこの髪も邪魔になって来ているようだ。今は括らず無

造作に下ろしている為、それが尚更強い印象を受ける。

　ただ、彼女は長髪を結うのが好きらしい。

「ほほう、そんなにですかね」

「はい、しかも遭遇したのがワイバーンで。おかげで弾薬もほとんど撃ち尽くしてしまいました」

　ミルドは薄いがふっくらとした唇からゆっくりと溜息をもらした。それがやけに妖艶に見える仕草で

あると、果たして彼女は知っているのだろうか。年の頃は２０代半ば、若くして隊長に抜擢された彼女

の強さとは相反するように、彼女の美貌は神々しくすらある。その為か彼女のキャラバンは士気が異様

に高いので有名でもあった。ちなみにミルドは通称で本名はミルドリアと言う。その名で呼ぶ者は少な

いのだが。

　どちらにしても皺枯れ爺には関係無いのと、ラフィアスは心中軽やかに笑った。ただ、彼も若さには

憧れる。もう戻らないものだけに、それは強いのだろう。

「ううむ、ワイバーンとは・・・・。熟練キャラバン員でも相当苦戦するらしいのう」

「ええ、空からの攻撃は我々人間にとって、正に脅威ですから・・・」

　ミルドは再び艶やかな吐息をもらした。まだ疲れが抜けていないのだろう。

「しかし、ワイバーンもこんな所まで来ておるのか・・・」

　ワイバーン、翼竜とも言われる翼を持ったドラゴンの亜種である。ドラゴン種としては下級であるが、

そのキメラでも数少ない飛行能力は戦闘においては最も畏怖すべきものであり、現に最も被害が多い。

　集落の天敵がケルベロス等が持つブレスなら、キャラバンの天敵は飛行能力であると言えるだろう。

「うーむ、それに弾薬が無ければ折角の銃器も・・・・・」

「すみません」

「何を謝っておるか。お主達にとっての方が死活問題だろうて、気にせんでも良いわい。それよりも、

前向きに対策を練らんと」

「そうですね」

　ミルドは健やかな微笑を取り戻し、ハーブティーに口を付けた。

「美味しい。長老のハーブティーとリアさんのお料理は世界一です」

「ふほほ、ハーブにかけてはいささか自信があるからの。まあ、ゆっくりして行っておくれ」

「はい」

　ラフィアスは嬉しそうに飲み続けているミルドを見ながら、ある提案をする事に決めた。

　多少の危険は伴うが、今の時代何をするにもそんなものだ。

「のう、ミルド」

「はい？」

「うむ、実は頼みがある」

　そしてまた太陽は何事も無いように沈んでいく。

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