乗り越えた先に

到達への難関

　森の集落を出てから約二週間。ミルド班は鉄の集落前の大荒野に辿り着いた。そこかしこに窪地が出

来ており、黒く焦げ付いたように変色してキメラの傷痕が生々しく残されている。

　尚且つ、全体的に霧のようなもので覆われており、視界が悪い。そんな所だった。

「ここからは出来るだけ物音を立てない事。私の後を離れない、何より勝手な行動は慎むように」

　ミルドの表情も自然強張る。

　こここそが世界でも有数の危険地帯、死黒大荒原。通称、キメラの巣窟と呼ばれている。ここでキメ

ラにやられた人間は数知れず。今のキャラバンのシステムもこういった屍の上に成り立っていると言え

る。人類の生命線、鉄の集落への最終関門である。

　比較的安全な道と言えるものはあるものの、そこですらいつキメラと遭遇するかは解らない。キメラ

も機械的に動いている訳では無いのだから。

「では、行きます。なるべく早く通り抜けたいから強行軍で行きます。死にたくなければ必至に付いて

来なさい」

　声量は小さいが鋭い言葉を発した後、ミルドは颯爽と大荒野へと踏み出した。比較的平坦な大地を選

びながら、するすると歩き抜ける。物音をなるべく立てないように歩いているものの、その速度は走っ

ているのとさほど変わらない。

　５０ｍほど行っては振り返り、全員が来るのを待ってまた軽やかに先陣をきる。

　そしてミルドの合図で一斉に皆地面に伏せ、じっと静まる。

　そんな事を何度繰り返しただろうか。

　突然、霧掛かった情景が開けたかと思うと、目の前に巨大な岩山群が現れた。これもあちこちにへこ

みや、割れ目が見えるが。そんなものはどこ吹く風と悠然と大地に立っている。空を突き刺すように細

長く伸びて、如何にも難攻不落と言った印象を与える。　

　ミルドは岩山の一つへと駆け寄り。

「さあ、こちらへ」

　そう言うとすっと岩山へ溶け込むように入り込んだ。

　これには青年達も吃驚したが、慌てて口を両手で包み込んで声を上げるのを防いだ。

「さあ、君達も早くあの岩へ」

　キャラバン員に押されるように一人、また一人と岩山へ押し込まれていく。皆、岩山にめり込んだか

のような奇妙な違和感を感じた。

　そして辿り着いた所ににっこりと微笑むミルドが待っていた。

「着きました。ここが鉄の集落です」

　そこには澄み切った青い空があった。陽光が目一杯入り込み、特有のやわらかな暖かさを感じる。

　四方は例の岩山に囲まれていたが、圧迫するような感じは受けなかった。むしろ守ってくれているよ

うな安心感を感じる。

　そして目の前には、機械光の群れ。崩壊前のあのままの街並みにも似た、懐かしい景色が広がってい

た。舗装された道路、スクラップでは無く生きている機械達、その駆動音とオイルの匂い。失われた全

ての物が、今そこにあるような気さえする。

「すげーーーーー！」

　思わずレイも感嘆の呟きを洩らし、ふと我に返って慌てて口を塞ぐ。

「ふふ、もう声に出して良いのよ」

　それを見てミルドは鈴のように軽やかに笑う。そしてそれにつられるように、皆で大笑いした。誰も

がすっきりしたような顔をしている。

　ミルドは再び顔を引き締めて。

「では行きましょう。なるべく早く用事を済まして、明日にはここを出発します」

　そしてまたにこりと笑い顔に戻り。

「その間、君達は好きにしてていいわよ」

「やったーーーー！！」

　青年達は歓声を上げると、我も我もと一斉に集落の中へと駆けて行った。今までの疲れは何処へやら。

「ふふ、嬉しそうね。さあ、私達キャラバンは今からが腕の見せ所よ」

　そしてミルドは隊員達を振り返り、それぞれに指示を出していく。

「仕事が終わったら、自由にしていいから」

　その笑顔に隊員達も思わず見惚れて、疲れが見えていた表情も和らぐ。

　隊長ミルドリア、アメとムチを自然に使い分ける稀有の女傑なのかも知れない。

BACK・ EXIT・ NEXT