静かな揺らぎ

微かな心

　皆がいなくなって、ミルドは一人大きく深呼吸する。そうするとやっと緊張感が抜け、同時に身体の

力も抜く事が出来る。彼女も人間、疲れもすれば愚痴も言いたくなる事もある。ただ、隊長の手前それ

を簡単に見せる訳にもいかない。

　でも、それを飲み込むのはそれほど辛いとは思わない。何故なら隊長と言うものに誇りを感じており、

何より彼女が望んだ道だからだ。自分で望んだ道ならば、突き進むのに何の悔いも無い。

「とはいえ、肩がこるし美容には最悪の職種よね」

　思いっきり背筋を伸ばすと、ようやく一心地つけた。

「あら、君は行かないの？」

　ふと見れば、一人の青年がぽつりと残っており、じっと集落の方をぼんやりと眺めている。何かに惹

き込まれるように見入っているその様は、不可思議でもあり何だか可笑しくもあった。

　気を抜いた所を見られてしまったかと一瞬恥ずかしかったが、この様子だと自分がここに居ることす

ら認知していないのだろう。

「うーん」

　青年を見ていると無性に悪戯心をそそられてしまう。それに少し驚かされた仕返しもしたい。少し子

供っぽいとも思ったが、最早彼女にもそれを堪える術は無くなっていた。普段からは見えないが、元来

無邪気な性質でもあるのだ。

「えいッ！」

「うわッ！？」

　その青年にミルドはいきなり抱き付いた。

　流石のぼんやり青年もこれには驚きうろたえ、じたばたともがき始める。しかし、一度組み付かれて

しまうと簡単に解けられるはずも無い。外見からは解らないがミルドの膂力も女性としては抜きん出て

いる。

「何してるのかな、君は」

　ぐりぐりと青年の頬に握り拳を押し付ける。思いのほか柔らかいけれど、何だか不思議な感じがした。

何と言えば良いのだろう・・・、出来すぎている？ミルドにも良く解らない。けれど、嫌な感じでは無

かった。

「な、何ですかいきなり？」

　青年はじたばたしながらも、乱れぬよく通る声で応えた。手にした棒状の物がばたばたと揺れる。

「ごめんなさい、つい君の顔を見てたらね」

　ミルドもあまりにも必至な青年が可哀想に思え、そっと手を離した。

「もう、吃驚しましたよ」

　青年はまだうろたえているみたいだが、何とか必至に持ち直しているようだ。それがミルドには可愛

くも思え、また悪戯心が湧き上がってくるのを感じたが、そこはそれ大人の裁量で自重する事にした。

　今更、自重も大人の裁量も無いものだが。

「えーと、君は確か・・・・」

「ロンですよ、ミルドさん」

「そうそう、ロン君だったわね。他の皆とは一緒に行かないの？」

「えーと、あ！？み、皆は？？」

　青年は今思い出したように、また慌て始めた。この調子だと、青年達も呆れて放って行かれたのだろ

う。

「皆、集落へ行ったわ。明日まで自由行動にしたのだけれど、聞いて無かったの？」

「あ、すいません・・・・」

「いや、良いのだけれど・・・。んーと、それなら私と来る？手伝ってもらえるとありがたいのだけれ

ど」

「あッ、はい。解りました」

　ミルドは普段は一人で行動しているのだが、今日は何となくこの青年と居たくなった。本当は別に手

伝ってもらう事は無い。何故ならほとんどの仕事は村長へのあいさつやら、彼女一人で事足りる仕事だ

からだ。

「じゃあ、行きましょう」

　彼女が歩き出すと、ロンは慌てて付いて来る。ちょっと眼を離すと、すぐに建物や機械に気を取られ

ているらしい。

　変な子ね・・・。と思ったが、それもまた面白くもあった。

　ミルドはいつもと違った心持で静かに集落へと踏み入れて行く。そしてその後を棒状の物を持った青

年がぼんやり付いて行くのであった。

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