停滞は不穏を生むか

燃ゆる地にて

　一方、火の集落へと向かった班はとうに到着していた。武具の仕入れも終わり、荷駄への積み込みも

済んだ。後は戻るだけ、そう集落へと帰るだけだったのだが・・・。

「レジト君、この嵐ではしばらくは動けないな」

「・・・・そうですね、リギド副長」

　リギドと呼ばれたレジトよりも少し年長の男がぽつりと洩らした。

　森の集落への道が季節はずれの暴風雨に包まれてしまい、通行が不可能になってしまった。後数日は

このまま吹き荒れるだろうと予想されている。

　仕方が無い事ではあるが、歯痒くてどうしようも無い。

　二人が見ている窓の景色には雨粒が立てる激しい音と、時折雷光が混じる。これでも嵐の余波に過ぎ

ないのだろうが。

「そう集落を空けている訳にはいかないのですが・・・・」

　レジトは見るからに苛々している。元来、自分の立てた予定が狂わされるのが許せない性質でもある

らしい。睨みつけるように空を見ている。

　リギドには道中、それがとても危なっかしく見えていたのだが。

「まあ、この嵐ではキメラも活発に動けまい。それにここ近辺のキメラはギルガさんが粗方片付けてし

まったようだし。心配は無いだろう」

「ええ、そうだと良いのですが」

　現にここまでくるまでの間に地中に埋まったミノタウロスの姿も見かけた。そのくぐもった呻き声が

響いていた為に酷く不気味でもあったが。両目を抉られていたが、あの調子だと１００年、２００年は

あのままで生きるかも知れない。キメラの生命力を侮ってはならない。

　ただ、もう自由に動く事は無いだろう。誰かが掘り起こしでもしない限りは。

「何か心配事でもあるのかな、君は？」

「確かに近辺の上級種は屠られました。しかし、それらが率いていた下級種が居るではないですか。ミ

ノタウロスは単独なので心配無いですが、まだヘルハウンドが・・・。もしそれが他のキメラを呼んだ

としたらと思うと・・・」

　レジトは鈍い焦燥感にかられる。大きくは無いが、確実に蓄積され増して行くそれに痛みすら覚える

程に。それを現すように、先程からカツカツと窓際を指先で叩き続けていた。

「そう悪い方に悪い方に考えるのも良くないな。それに今は嵐が過ぎ去るのを待つしか無い。集落の正

確な位置を知られた訳でも無いのだろう？」

「・・・・それはそうですが・・・」

「君もリーダーであれば、そう感情を剥き出しにするものでもないよ。誰よりも冷静に考えなければ、

そうしなければその不安が皆に伝染してしまう」

「私は冷静ですよ！」

　レジトの叫びが外の雷のように一室に響いた。

「冷静に考えているから心配しているのですよ。集落の事を第一に考えるのが当然ではないですか！」

「・・・レジト君」

「・・・・すみません。でも私には私の責任がありますので」

　レジトはまだ荒い息を残しながらも、静かに部屋から出て行った。ドアを開閉する音が少し大きくな

るのは抑えられないようだったが。

　リギド副長は気分を害した様子も無く、再び視線を窓へと移した。

　轟々と吹き荒れる風はその勢いを今も尚増している。窓枠が外れないかと、心配までしてしまう程に。

　この集落の民達も同じく閉じ篭っているに違い無い。その証拠にいつもは五月蝿いくらいに聴こえて

いた鍛冶師のたてる金属音も、今は少しも聴こえて来ないでいる。

「・・・・しかし、嵐は止まず・・・か」

　自然も別の生き物なれば、その心を本当に解る事は出来ない。感じる事くらいは出来るかも知れない

が。

　そして、嵐はリギドの呟きをかき消すように荒れ狂っている。

　誰の思惑も他所に。　

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