それもまた自らの意志なり

止まる理由は

　火の集落と森の集落を結ぶ道ならぬ道は、依然暴風雨に包まれていた。あれから一週間、一向に止む

気配も無く。まるでそこが自らの居場所であると誇示するが如く、中心はぴくりとも動かなかった。

　人々には不安の種が芽吹き、それを苛立ちで誤魔化そうとしている者も居る。

　例えばここに。

「レジト君、少しは落ち着きたまえ」

　レジトと呼ばれた青年は終始挙動に落ち着きが無くなってしまって居た。今ではそれを見れば嫌気が

さす程にせかせか、せかせかと。

「リギド副長、これが落ち着いてなんていられますかッ！」

　この二人はこの嵐が良く見える一室に集まるのが、最近の習慣になっていた。そこで何をするかと言

えば、いつもこうしているのである。建設的では無いが、外出も危険であり、かと言って室内で出来る

事にもいい加減飽きてしまった。

「一体何でこんな事に・・・・。人手が無ければ集落の移動も間々ならないと言うのに」

　このレジトと言う青年は上手くいっている時は良いのだが、一度崩れるともう目も当てられない。気

の長いリギドでも最近めっきり話し掛ける回数が減っている。それでぼんやりと窓を眺める回数だけが

増えていた。

　ただ、レジトと違い。彼はこの嵐がただの嵐で無い事には薄々気付いている。と言うよりも気付かな

いのはレジトくらいなものだろう。しかし彼が軽々しく隊を動かすわけにはいかない。何せ手練の隊員

はほぼミルド隊長の方に付けている。もし原因がキメラであれば、いやキメラなのだろうが、この嵐の

中ではまともに戦う事すら出来ず、無駄死に終わると見ている。青年団などお話にもならない。

　だから、本当は一番苛立っているのは彼の方であった。ただ、レジトの醜態を見て何とか自重出来て

いるに過ぎない。

「強まりもせず、弱まりもせず、か・・・・」

　風の勢いはまったく変化無いように思われる。

　室外から何やら騒がしい声がしてきたのは、丁度そんな時である。

「ん、どうしたのか？」

　相変わらず歩き回る青年を無視しながら、ドアに手をかけた。

「おッと・・」

　するとこちらが力を加える前に、先にドアの方がすっと引いてしまった。思わず倒れ込もうとする体

を無理矢理起こすと。

「ギ、ギルガさん！？」

　驚いた事に別のキャラバン隊の隊長である、ギルガその人がドアの先に立っていた。別のキャラバン

同士が顔を合わせるのは稀有の出来事と言っていい。

　ちなみにそうとは言え、キャラバン隊員であるならば全てのキャラバン隊の隊長と副長の顔と名前く

らいは当然知っている。

「おう、お前は確か・・・・ミルドのとこの」

「はい、副長のリギドです」

　ビシッと姿勢を正して一礼を返す。

「で、そっちのは？」

　ギルドが指差した方を見ると、レジトが呆けたように立ち止まってこちらを見ている。彼でも気付く

くらいの余裕は残って居たようだ。

「ああ、森の集落の青年団のリーダーで、レジト君です」

「あ、レジトです。お久しぶりです」

「ああ、レジトか。お前が集落を離れるなんてな」

　ギルドが森の集落出身である事はすでに述べた。ただ、昔から飛び回っていて集落にはほとんどいな

かったのだが。

「で、何故貴方がここに？」

　リギドが直立したまま問い掛ける。

「ああ、その前にちょっとそこをどけ」

　ギルドはリギドを押しのけると窓際から外を睨んだ。歩く度に背中に括り付けられた長刀がガチガチ

と揺れる。

「なるほど、ここに来るまでも面倒だったが。これは更に面倒そうだ」

「ギルガさん？」

　リギドが恐る恐る声をかけた。

「ああ、悪い。この嵐が変だって言うので、アリア長老から直々に調査を命じられた。それでわしが来

たと言う訳だ。リギドよ、お前の隊もわしに貸せ」

「しかし、ほとんど実戦経験の無い者ばかりですが」

「構わん、人も使いようよ」

「はッ、お供させていただきます」

「堅苦しいのはよせ」

　ギルドはそう言うとレジトの方へ視線を移した。

「お前達は足手まといだ。嵐が晴れるまで、この集落の手伝いでもしておけ。悩んでいる暇があればま

ず働け。無駄飯喰らいを遊ばしておく余裕は何処にも無いだろう」

「はッ、はい。すみません、すぐにでも」

　レジトはこれまた一変して、慌ててドアから出て行った。

「相変わらず落ち着きのねえ奴だ」

　そして再びリギドへ戻す。

「一晩休んで明朝出発する」

「了解致しました！」

　ギルドの目が深く光を帯びていたのがリギドには印象的だったと言う。

BACK・ EXIT・ NEXT