されど張り詰めない一時

嵐の目元

　不思議な光景を目にした。

　それは文字通り嵐の境界線か。そこより内は草木一本すら微動だにせず、そこより外は大木でさえ薙

ぎ倒されそうな程空気の一粒一粒が荒れ狂っている。

　試しに顔だけ入れてみると、途端に呼吸が楽になり穏やかな景色が広がる。まるで水中から水面に出

たような安らぎを感じた。

「ギルガさん、早く入りましょう。後ろがつかえています」

　わしの横から通り抜ければ早いじゃないか、と遣る瀬無い憤りも感じたが。怒る程体力に余裕がある

訳でも無いので、黙って中へと踏み入れた。表情に出るものは隠そうともしなかったが。

「どうやらここが中心部のようだな」

　ギルガは歩く度に背中の長刀がガチガチと鳴る。今まで風の音しか耳に入らなかったから、それすら

新鮮な感じを受ける。

　改めて見回すと、この中心点の範囲は予想よりも広いようだった。１、２キロ程もあるかも知れない。

点と言うよりはもはや円と言った方がしっくりくるかも知れない。

「また探すのが面倒だな。取り合えず少し休むか」

　そう言うとギルガはどっかと叢に腰を下ろした。それに倣うように他の者も次々に座り込む。皆口に

は出さないが見た目異常に疲労しているに違い無い。肩でする息も少し荒かった。

「ギルガさん、これからどうしましょうか」

　隣に座したリギドが問う。

「お前はそればっかりだな、まったく。まあ、そうだな・・・・とにかく更に中心部へ向かうしかある

まい」

「そうですね」

「ああ、ではそろそろ行こうか」

「了解！」

　皆呼吸は整えられたようだ。まだ疲労は体を蝕んでいるが、あまりグズグズもしていられない。遅れ

れば遅れる程、事態は悪化していくのだから。

　ギルガに付いて来れたのはリギド以下５名。精鋭だが、少し少なすぎるかも知れない。相手がキメラ

一体であれば、上級種でも何とかなるのだが。数が多ければおそらく手におえないだろう。

「ま、その時は逃げるしかあるまい」

　とにかく、今は腹を括って進むしか無い。

　顔にかかる枝を払い除けながら進むと、何やら甲高い悲鳴のような声が聴こえて来た。

「何の声だ？」

　ギルガは全員を立ち止まらせ、静かに耳を立てる。

「何かの泣き声みたいだな。皆、戦闘準備をしておけ」

「了解」

　自然と皆小声になる。そしてなるべく音を立てないように、丈の低い叢を選びながら静かに進む。

「ギルガさん」

「む？」

　１００ｍ程向こうに開けた場所があり、何かの影が見えた。おそらくこの声の主に違い無い。

「数は？」

「そう多くないですが、複数居るようですね。何だか飛び回っているようですよ」

　ギルドの問いにリギドが答える。この男は目が良い。

「むう、飛行型のキメラか・・・・手強いな。手持ちの銃器は？」

「皆一丁ずつショットガンを持ってます」

　今度は別の隊員が答えた。嵐を抜ける強行軍の為に、武器も最低限のものしか持っていないらしい。

「そうか、なら近づければ勝算はあるな」

　広範囲に弾を打ち出すショットガンならば、多少動きが機敏なキメラにも当てやすい。が、その反面

射程距離が短く、殺傷距離は更に短い。少数でも戦えるようにとの配慮だろう。

　ギルガは他人の装備まで一々気にしない。それは個人の裁量に任せてある。

「でもライフルが無いのは辛いですね」

　リギドがぼやく。飛行型には射程距離が長いライフルを使うのがセオリーとされているからだ。当た

り前の事だが、大空を舞うキメラを叩き切れる程人間の手足は長くは出来ていない。

「無い物をねだっても仕方が無いだろうが。それに奴等に何かしらの思惑があるならここを離れられな

いだろう」

「あ、そうですね」

「だからショットガンだけで良いのさ。お前もそう思ったから、それを持って来たんじゃないのか」

　リギドも確かにショットガンを一丁持っている。

「あ、いえ。これはいつもの癖みたいなもので」

「ああ、ミルドの補佐だったな」

「ええ」

　ミルドはギルガの影響なのか、ほとんど銃器を使わず白兵兵器を好む。その為一対一では無類の強さ

を誇るが、一対多では分が悪い。だから彼女の補佐である副長リギドは、自然銃器を用いるようになっ

たのだろう。しかも広範囲用の。

「あのお転婆にも困ったもんだ」

　ギルドは一瞬懐かしそうに、何故か苦笑いを洩らした。

「ま、そんな事は良い。さっさと行くぞ」

「了解」

　そしてギルド達は静かにキメラの方へと忍び寄って行った。

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