しかし目覚めは未だ

偽りの使者

　人の集落。数年前までは世界中に溢れかえるようにあったそれは、今では大地の片隅に細々と残るだ

けだった。通信機器、通信設備も尽く破壊され。今その集落を辛うじて繋ぐものは、僅かなキャラバン

のみであった。

　そのキャラバンから断片的にもたらされる情報で、まだ他の人間も生き残れている事を知るのである。

　キャラバンは元軍属やオーストラリア勢力の生き残りと言った、多少腕に覚えがある者達で構成され

ている。キメラの徘徊する中を進むのだから、自然高い能力を要求される。

　その為、キャラバンに入れると言うだけでも多少のステータスになり、憧れている子供も少なくは無

い。親としては意地でも入らせたくは無いだろうが。

　集落の構成はまったく以前と変わっていない。指導者となる長老が居て、その下に一般の人間が居る。

実にシンプルだ。

「リアよ・・・。この青年は不思議なカプセルで眠っていたと言うのだな」

「はい、ラフィアス長老」

「ふふ、現代の眠り姫・・・、いや眠り王子と言った所かの」

　長老はその綺麗に禿げ上がった頭を撫でながら、楽しそうに笑う。齢７０に届きそうだとはとても思

えない頑強な肉体をしている。今でも毎日の訓練は絶やした事は無い。この時代生き残れるのは、タフ

な人間だけだと自ら教える為らしいが、リア辺りにしてみれば好きでやっているとしか思えない。

　リア達が廃研究所から連れてきた青年は、長老宅の一室に在る木製の簡単な作りのベットの上に寝か

されており。リアが甲斐甲斐しく世話をしている。

　しかしここに連れて来てからすでに一日経つのに、この青年は一向に目覚める様子が無かった。

「うーむ、あの研究所に生存者とはのう・・・。ふうむ・・・・・」

「長老はあの研究所を知っておられるのですか？」

「ん、いやいや。研究所や主要機関は尽くキメラに破壊されておるはずだから、この青年は運が良かっ

たと思っての。しかし、そろそろ覚醒してもいい頃だと思うのだが」

　長老は青年を突いたり、頬をぴしぴしと軽く叩いてみるが、青年に何の反応も無い。スリープ状態か

ら無理に起こした場合、意識が戻るのに時間がかかる場合もあるが。それでも少し長すぎる気がする。

「んー、どこか悪いようにも見えんし・・・。ふうむ・・・・・」

「はい、心配です・・・・」

　リアは自分の所為でこの青年が目覚めなくなったかも知れないと、酷い罪悪感に負われている。それ

も手伝って寝ずに看ているのだが、それもそろそろ限界だろう。

「おっ、そうそう。この青年の名前とかは解らなかったのかの？」

「えーと、確か・・・・・・」

　リアは睡魔に襲われつつある頭を必至に働かせて思い出す。あの時見た数字と文字の羅列・・・・、

その中で解ったのは・・・。

「えーと、確かロン・・何とか・・・それ以上は私には解りませんでした・・・・」

「ふうむ、ではこの青年が目覚めるまではロンと呼ぶ事にしよう。しかしこの棒はなんじゃろうかの」

　ロンと名付けられた青年の手にしっかりと握られた棒状の物を繁々と眺める。長老でさえ、今までに

見た事の無い物だった。キャラバンの者なら知っている者がいるかも知れないが、すでに彼等はこの集

落から旅立った後だった。

「まあ、よいか。目覚めれば解る事だし。早く目覚めてくれればいいがのう」

「はい、・・・・ロン」

　リアはそっと囁きロンの手に自分の手を重ねた。

　名を囁き手を触れた時、彼の身体が少し反応したように思えたのは気のせいだっただろうか。　

　瞼が落ちる。もう抗えない・・・・。

　しばらくすると規則正しい寝息が聞こえて来た。

　長老は優しく微笑みながら彼女にそっと予備の毛布をかけると、静かにその部屋から辞した。

　虫の音が囁く静かな夕暮れ、そして穏やかな暗闇が広がっていく。少しずつ、そして何よりも確実に。

BACK・ EXIT・ NEXT