何も無い、気持ちも・・・

虚無の感覚

　ここは何処なのだろう？

　視界に雑音が混じっている。正常に機能していないのだろうか。機能？一体何の機能だ？？

「安定していない・・・・」

　周囲を確認してみる。整頓された、と言うよりは何も無い部屋。窓の外に広がる覚えの無い景色。暗

い・・・光度が足りない・・・。安定って何だろう・・・。

「ん？？」

　寝台に横たえられている自分の側に誰かが蹲っているのが見えた。顔と衣服を確認、それにも覚えが

無い・・・。覚え？覚え・・・・・記憶？

　頭に何も残っていない。消去されたのか？消去って何だ？？解らない・・・・情報が足りない・・。

いや、情報が無いのだ・・・。私は・・・僕は？・・・俺は？・・・自分は何だろう？？

　ただ感じるのは握った手の中の堅い感触。これは・・・何だろう・・・。

　これは・・・使命・・。使命？？

「ああッ・・・」

　頭がブラックアウトする・・・・。感覚が閉じて・・・。

「長老、長老！！」

　長老ラフィアスは起き抜けに騒々しい聞くのにも慣れていたが、かといって慣れれば気持ちの良いも

のになると言う事でも無かった。

　いきなり開けられたドアのけたたましい音に、思わず手にした茶碗を落として咳き込む。朝の幸せな

時間だったと言うのに。

「ゴホッ、エホッ・・・・・。リアよ、戸はゆっくりノックをしてから開けるものだぞ」

「ごめんなさい。でも、そんな事より目覚めたみたいなんですッ！！」

「目覚めた？おう・・・・、目覚めたのかッ！？」

「はい、早く来て下さいッ！！」

　ぐいぐいと引っ張られていく自分を見ながら、長老はしみじみと己が歳を取った事を感じていた。今

の自分に、これほどの行動力とエネルギーが湧き出る事はもう無いだろう。

　もごもごと口を動かす度に引っ張られる皺が、今は少し哀しく思えた。

「おうおう、そんなに引っ張らなくてもまだまだ一人で歩けるわい」

「早く早く！！」

　しかしリアにはそんな事は考えも付かないようで、長老にはそれが何だか楽しく思えた。若さと言う

のは熱量なのだろう。燃料をしこたま積んだ暴走車のようなものだ。

　暴走とは予測外の出来事であり、時にそれは予測以上であるのかも知れない。　

「しょうがない子だ」

　長老からしてみれば、この集落に住むものは全て自分の子か孫のようなものだ。特に自分が親代わり

として育てたこのリアは、同じ家に住んでいる事もあってその気持ちが強い。

　昔は毎日のように避難民が押し寄せて来たものだった。一人でも暮らせると思っていたあの頃はもう

戻らない。ただ、ラフィアスは今の暮らしの方が好きだった。それが何故かは解らないが。

　ともかく今はあの青年を。

「おおう、本当に目覚めておる。お主・・・大丈夫か？気分は悪くないかの？」

　件の青年は半身だけをベットに起こし、ぼんやりとした目をこちらへと向けた。その目に何か違和感

を感じたような気もするが、取りあえず意識はあるようだ。

「僕は・・・ここは・・・何処ですか？」

「人間の集落の一つだよ。皆は森の集落と呼んでおるが。お主・・名はなんと言うのかね？」

「僕は・・・・・誰なんでしょう・・・・」

「ん？」

　リアの方を見ると、彼女は先程までの熱量はすでに消え、薄っすら涙まで浮かべている。また奥に戻

り、今は眠ったのだろう。

「どうしたんだね、リア？」

「この人、何も覚えて無いって・・・・。やっぱり私が無理矢理起こしたから・・・・」

　哀しそうに俯くリア。青年はそれをぼんやりと目で追っている。そうだ、この青年にはあの熱量が感

じられないのだ。人間が持つはずの熱量が。

「いや、リアよ。この青年が眠って居た部屋に破損は無かったのであろう？」

「はい。ドアは歪んで、電力も供給されてませんでしたけど。あのカプセルだけは無事でした」

「ならば、大丈夫だ。おそらく長く眠っていた為に記憶が混乱しておるのだろう。しばらく暮らしてい

る内に戻る」

「はい・・・・・」

　リアは何とか自分を納得させたようだ。いや、自分が悩んでいる場合では無いと思ったのかも知れな

い。自分がこの青年の手助けをしなければと。

「だから、お主も心配せぬ事だ。じきに良くなる。それよりもその手の物を下ろしたらどうだねずっと

持っているのもしんどいだろう」

「いえ、これは・・・・・手放してはいけない気がするのです」

　青年は柔らかいがはっきりとそれを拒否した。その時だけ目に力を感じたのも気のせいか・・・。

　ともかく、もうしばらく寝ているように青年に命じて。リアに頼るように言っておいた。

　解らない青年だと思いながら・・・。ともかく、この集落は誰も拒まない。それが人なれば・・・。

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