周知の出会い

朝焼けの朧さに

　研究所跡から連れて来られた青年ロンは、この森の集落の暮らしにもすぐに慣れたようだった。

　他の住人とも打ち解け、今では昔からの住人のように接せられている。記憶喪失だと言うのが少しの

同情を引いた所為もあるかも知れない。

　彼には外傷も無い様なので、数日休ませてから早速他の男達と同じように肉体労働に励ませている。

　何処の集落も年中人手不足なので、男手が増えるのはこの集落としても大歓迎なのだ。

「ロン、枯枝は女達に任せるんだ。俺達はこういうでかい丸太を運ぶのさ」

　そう言うとギルは軽々と落ちていた丸太を担ぎ上げた。戦火の跡地等に行けば、こういった資材はそ

れこそ腐る程落ちている。そして戦火の跡など、それ以上にどこにでもあるのだ。

　丸太に見えるうっすらとした焦げ跡にもその名残が残っている。ここにキメラが居たのはそう前の話

でも無いのだろう。

「解った・・これだね」

　そしてロンもかるがると丸太を担ぎ上げた。まるで重みも感じて無いように見える。

「ロンもやるね・・・・。そんなの一人で持てるのはギルだけだと思ってたよ」

　そう言って笑いながらレイも二人がかりで丸太を持ち上げる。

「何を言ってるんだ、これくらい出来ないと男手とは言えないだろう、レイ」

「まあ、それは確かに。でも、僕らは君みたいに体格が良くない訳だから」

「おいおい。それを言うならロンだってそんなにでかい方でも無いぞ。ようするにお前らの鍛錬と気合

が足りないのさ。なあ、ロン」

「はは・・・」

　ロンは苦笑いを受かべた。こういう時にどういう顔をしていいのか解らないのかも知れない。その表

情はいつもぎこちない。

「んー、それだけで無い気もするけどねえ・・・・」

　ギルは身長も抜きん出て大きく、それに比例する程筋骨逞しい。今もどっちが丸太だか腕だか解らな

いくらいだ。それに比べて、レイは中肉中背と言った感じで少し頼りなく見える。だが、これでも毎日

の鍛錬は欠かさない。それは今の時代、女子供関係無い。身を守る強さが必要なのだ。

　しかしそれでも流石に、数十キロはあろうかと言う丸太を一人では運べない。集落まで数キロもある

道のりを・・・。だがそうレイと体格が変わらないはずのロンは、それを平気な顔をしてやっているの

だ。それも息一つ乱した様子も無く。

「それだけで無いなら、後は何があるんだ？」

　ギルが呆れたような表情で問い掛ける。この男もいつも平気な顔で丸太を運んでいる。その度にレイ

何かは力だけならキャラバン並だと思う。

「んー、もしかしたら忍者の家系だとか何とか」

「ははッ、忍者なんか遥かな昔に途絶えたって長老が言ってただろ」

「だからそんなずっと昔から眠ってたとか・・・・」

「・・・・・・いや、そんな昔にはコールドスリープの技術すら無かっただろう」

「まあ、そうなんだけど・・」

　レイはまだ何事かを　呟きながらロンの方を見た。

　彼は相変わらず危なげの無い足取りで歩いている。

「巨大なビルとかでも平気で持ってそうだ・・・」

　苦笑しつつも、そんなロンを頼もしくも思う。彼が来てから作業効率も大幅アップした事だし、何よ

り彼は素直で好感が持てた。と言うより邪気とか二心と言ったものと無縁なのだ、彼は。

「おいおい、あまり大きな声を出してるとキメラに感づかれるぞ」

「あ、すいません、レジトさん」

　レジトと呼ばれた年長の青年は、人差し指を唇の前に立てて静かにレイ達から離れて行った。

「また怒られてしまった」

「いい加減にしとかないと本気で怒られるね」

　ギルとレイの二人は叱られた幼子のようにしゅんとなってしまう。この二人も根っから素直なのだろ

う。

「あ、何か・・・・何かが・・」

　急に声を発したロンに近くに居た者達がビクッとなる。

「おいおい、吃驚させるなよ。さっきレジトさんに注意されたばかりなんだぞ」

　と、ギルが軽く睨みつけようとしたその時、

「みんな、伏せて隠れるんだ！」

　レジトの声がそれを制するように低く響いた。

　その声に皆、手の丸太を放り投げて草むらや木陰に急いで隠れる。

「馬鹿ッ、何やってるんだッ」

　一人立ち尽くすロンをギルが木陰に引き摺り込む。

「・・・・・・・・」

　しかしうつ伏した体勢で尚、ロンはそれを呆けたように見詰めていた・・・・。それ、つまりはキメ

ラ・ケルベロスのその蒼く燃えるような不気味な姿を・・・。　

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