不理解の異観

冥府の番犬

「ガウルルルルルルル！」

　キメラ・ケルベロスはその双頭の四つの目で油断なく辺りを見回している。

「ただの見回りか気まぐれなら良いのだが・・・・」

　レジトは低く呟いた。ケルベロスは犬や狼の遺伝子も濃く受け継いでいる為に、嗅覚が非常に発達し

ている。もし、飢えてでもいたら・・・・一瞬で見付かってしまうだろう。しかも今は肉体労働で汗も

かいている為、匂いもそれだけ強くなっている。

　皆、早く何処かへ行ってくれとそれだけを願っていた。幸いにも、距離自体はまだかなり離れている。

「グウウウウ！」

　ケルベロスはどこか痒いのか暫く大木に身体を擦りつけていたようだったが、程なくして興味を失っ

たかのように彼方へと歩き去って行った。

「ふう、もう大丈夫だぞ。皆、作業に戻ろう」

　レジトの指示の元、皆はそれぞれ丸太を持ち直し、集落へと歩み始めた。まだ微かに身体が震えてい

る者も居たが。

「ロン、俺達も行くぞ」

　ギルが起き上がり、ロンを起き上がらせようと手を差し伸べる。

「・・・・・・」

　しかしロンは未だに呆けたようにケルベロスの居た辺りを眺めている。視点が定まっていないような

朧げな瞳で。

「おい、ロン。大丈夫か、しっかりしろ！」

　肩を揺さぶると、ようやくロンの視線がギルの方を向いた。初めて見るキメラにショックでも受けた

のだろう。

「ロン、大丈夫だ。奴らは飢えてでもいない限りは、俺達を追ってまで探そうとは思わない」

「え、ああ・・・あれがキメラ・・・・キメラ・・・」

「ああ、そうだ。ほらとっとと行くぞ。また来ない内にさっさと戻ろう」

「ええ・・・」

　ギルは何とかロンを立たせて、丸太を渡した。まだ呆けているが、足取りはしっかりしているように

見える。これなら何とか大丈夫だろう。

「流石のロンもキメラには驚いたようだね」

　レイが場を和ませるように笑顔で明るい声を発する。ただしあくまで小声のままで。

「まあ、そりゃそうだろ。初めて見たんだからな。レイ、俺達だって初めはそうだっただろ。怖いのと

ショックで混乱して、何も解らなくなった。しょうがないんだ、キメラはそう言う風に創られたんだか

らな」

　元々キメラは人間を畏怖させるような姿に創られている。本能的な恐怖を呼び覚ますように。それが

軍事用として産まれたキメラの本質なのだから。

「解っているよ、ギル。でも・・・・」

「でも？」

「ううん、なんでもないよ」

「変な奴だな」

　レイにはロンが怖がっているのでは無いように思えたのだった。よく解らないが、もっと別の何かの

理由が・・・・・。でも、彼も何がどうなのかまでは解らなかった。何に違和感があったのか。少なく

ても今は・・・。

「いや、姿見てこれなら奴のブレスを見た時にはどうなるかなって」

「ああ、なるほどな。まあ、その時はその時さ」

　ケルベロスの特殊能力にはその双頭の口から吐くファイアブレスとコールドブレスがある。ドラゴン

のブレスには及ばないまでも、どちらも広範囲を焦土と凍塵に化す威力がある。

　数多あるキメラの能力の中でも最も畏怖すべきものだ。現に幾つもの集落と無数の人がそのブレスの

餌食となっている。破壊と殺傷率は一番高いかも知れない。

「ともかく、今はさっさと帰る事を考えよう。ケルベロスもいつ気が変わって襲ってくるかも解らない

んだからな」

　そう言うとギルはこれ以上喋るなと言うようにレイを目で制し、黙々と歩き出した。少し速度も上が

っている。

　これ以後は集落まで誰も口を開かなかった。帰りを急いだ為に話している余裕が無くなったと言う事

も、勿論あるだろうが。

　ともかく無事に集落に着いた時には皆、安堵の溜息を洩らし、幸運を天に感謝したと言う。

　ただ一人だけはぼんやりと反芻するように、何かを考えているようだった。

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