慌しい日々

波間

　火の集落では歓待の宴が催されている。勿論ギルガの功績を称えての事であるが、当の本人は手持ち

無沙汰に先程からただ黙々と杯を口へと運んでいた。妙に照れくさがりな所もある男なのだ。

　いつもなら話し相手のリックがいるので紛らわせるのだが、残念ながら今は別行動をとっている。

　傍らには歯車や管が剥き出しの機械が置いてあった。昨日の決戦に戦利品であるが、この集落では如

何せん調べようが無い。いずれ鉄の集落へ持っていく必要があるだろう。

　まあ、ギルガにはこれがどういう物かはだいたい検討が付いているのだが。

「ギルガさん、お手数おかけしましたね。この間といい、お世話になりっぱなしです。ありがとうござ

います」

　エンリ長老が静かに現れてお礼を丁寧にお礼を述べた。やっと仕事も一段落着いたのだろう。

「いやいや、長老こそ毎日ご苦労様です」

　ギルガも軽く頭を下げた。

「ふふ、レジトさんのおかげで随分助かりましたから楽なものでしたよ」

「はは、あの男は机仕事が向いているようですな」

「はい、後はもう少し落ち着きが出てくれれば良いのですけどね」

「ま、後１０年もすれば大丈夫でしょう」

　そのレジトは今頃出発の準備をしている。それを見る度に忙しない奴だといつも思う。まあ、そうい

う性分なのだろうが。ギルガはレジトが楽しそうに酒を飲んでいる所など、ついぞ見たことが無い。

「明日出立なさるのですか？」

「ええ、慌しいですが、わしも森の集落が心配でもありますので。最近は次から次にキメラが現れてお

りますし、その中にはちらほら手強いのも見えますからな」

　ギルガはぐいと杯に並々と注がれた酒を飲み干した。

「道中お気をつけ下さい」

　エンリが静かに酌をする。その度にギルガが照れくさそうに顔をくしゃりとするので、心中おかしく

て堪らない。ギルガとも長い付き合いになるが、この男は昔からずっと変わらない。

　確かに髪には白が混じり、顔にも皺が増えて来ているのだが。それが不思議と老けたとは見えないの

だ。それどころか渋みが増して、益々男前が上がっているように思える。そう思う度に自分のただ老い

た姿が少し哀しくもあるのだが、こればかりは仕方が無い。

「ありがとうございます」

　ギルガはただ照れくさそうに笑う。

　そして静かに夜も変わらず深けていくのである。

　一夜明け、彼等は未だ嵐の名残が色濃く残る道ならぬ道を進んでいた。

　リギト隊はギルガ隊に後を任せ、本来のキャラバンの仕事へと戻った為、今はギルガ隊と青年団の混

合隊となっている。

　レジトが急かした為に、本当に慌しい出発となった。味も素っ気も無え奴だと、ギルガも言ったのだ

が、使命感に捕り付かれた男と論議等しても無駄な事だった。流石のギルガも閉口しつつ大人しく従っ

てやった。レジトの気持ちも解ると言う事もある。

　そして昨夜の嵐打破を思い出させる強行軍で森の集落へと向っている。

　キャラバン隊員は疲労の回復が早い。彼らは人間の身体と言うものを知っているからだ。武具等の荷

物が増したとは言え、何の問題も無い。かえって青年団の方が頭数にならないくらい、背負う荷物の重

さに歴然とした差がある。その上、歩速はキャラバン隊員に劣るのである。

　これには流石のレジトも自分達の事ながら情けなくも申し訳無く思ったらしく。しきりにキャラバン

隊に礼と謝罪の言葉を言っていた。ギルガ達がいなければ予定通りの武具が運べたかどうかも疑問だっ

た。

　しかし、そんなこんなもあったが。一応無事に彼らは帰還出来たのだった。集落も無事であったので、

彼らはようやくホッとした。だが一息をつく暇を与えられず、そのまま集落移転作業に取り掛かる事に

なったのには、流石のギルガも閉口したと言う。勿論、疲れ果てた青年団はものの役には立たなかった。

　そして森の集落は慌しく暮れていくのであった。

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