神とは無慈悲

雷帝襲来

　その日も穏やかに過ぎると誰もが思った。

　風は少々強く、黒くもも遠方にちらほら見えていたが、概ねすっきりと晴れていて作業に支障は無い。

　移転作業も９割方終わり、後は積み込んだ資材を移転地へ運搬し、そこで再築すれば完了まで進んで

いる。住人も作業員を除いて全員の引越しも完了していた。

　その場に居る全員が安堵の息を洩らし、さて最後の運搬だと、荷車に手をかけたその時であった。

　俄かに吹く風が強まり、吹き荒れんばかりに辺りを走り殴った。そして、遠方より引き劈くような轟

音と共に雷が降り。あろう事かその雷がこちらへと見る間に接近してくるでは無いか。

　総指揮でもある、長老ラフィアスはすぐさまこの異変を感じ取り。ミルド以下キャラバン隊に作業を

中断するように命じた。ミルドも即座に理解し、隊員達に防護陣形を組むように命じた。

　青年団も慌てて仕入れたばかりの銃器を構えようとしたが、半数は慌てていて上手くいかない。やむ

なくレジトは不器用者達には戦場になった時の為、荷車を邪魔にならない場所に移動するように命じた。

　風が重い。

「全体構え！」

　ミルドの号令の元、キャラバン隊員が一斉に銃器を構え、いつでも撃てるように引き金に指をかける。

　風はいよいよ強くなり、目も開けてられない程になっている。嵐と言うよりは轟風と言った方が相応

しいかも知れない。現に雨は降っていない。ただ雷が降り走ってくる。まるで、巨人が歩いてくるよう

な間隔と地震えを響かせて。

「来るぞ！皆、気をしっかり持てい！」

　ラフィアスの叫びで皆の身体に緊張が走る。キメラの襲撃であれば、気を呑まれてはならない。轟音

で張り裂けそうになる心を、歯を食い縛って必至に昂ぶらせる。

　そして一際高い轟きと共に、分厚い雷柱が眼前に落ちた。

　閃光が視界を奪い、皮膚が蒸発しそうな熱気が襲う。

　皆が目をゆっくりと見開いた時、クレーター状に埋没した中心に雄々しい巨人が座していた。大地は

焼け剥がれたようにブスブスと脈打っている。

「フォォォォオオオオオオオ」

　巨人は心底から吐き出すように一つ呼吸をし、ゆっくりと立ち上がった。

　身長はゆうに３ｍを越えるだろう。見上げるような巨体に四本の腕、それぞれに得体の知れぬ物を握

っている。身体は赤褐色、黄金の鎧を纏い、目は燃え溶けた金属のような赤。押し潰すような眼光を放

っていた。

「よ、よりにもよって・・・・・・」

　威厳が消されてしまったように、ラフィアスの声も震えた。

「イ、インドラかッ！？」

　最も有名な神の一人である、荒ぶる嵐神にして雷の帝の名を持つ最凶のキメラ。一国を容易く葬り去

ったと言う禍々しい記憶も新しい。その破壊の力だけならキメラの王であるミドガルズオルムにも匹敵

すると言われていた。

　雷帝は厳かに言葉を紡ぐ。

「鬼を屠ったのみならず我が下僕まで手をかけるとは、愚かしき裏切り者めが。化生の者よ、我が前に

出でよ」

　インドラの言葉は鋭く耳を撃ち、思わず倒れ込む者も居た。

「長老、一体何の事を言っているのでしょうか」

　ミルドも顔をしかめている。

「解らん。そう言えば、ギルガが鬼を切ったそうじゃが。あやつの事にしては裏切り者とはどういう事

じゃろう」

　最も見識が深いはずのラフィアスにもインドラの言う事が理解出来なかった。解った事と言えば。

「何か勘違いしておるのじゃろう」

「どちらにしても、戦うしかありませんね・・・・・。せめてギルガさんが居てくれれば・・・」

　ミルドの顔も険しい。インドラの力は、もう人にどうこう出来るレベルでは無かった。

「私達が食い止めます。長老達は隙を見て・・・」

「うむ、すまんのミルド・・・・」

「いえ、キャラバンに入ると志した時から覚悟は出来てますから」

　長老はレジトの元へと急ぐ。ミルドは雷帝の視線を避けながら睨み付ける。

　インドラは再び深い吐息を洩らした。

「臆したか・・・・。ならば人の者ごと滅してくれよう」

　神は一本の腕を振り上げ、その手に持つ金剛杵を振り下ろした。

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