忘れてはならぬモノ

朗々の糧

　森の集落を発ったギルガ隊は強行軍を強いて漸く鉄の集落へと辿り着いた。

　流石のキャラバン隊員でも疲労の色が濃く、顔色が悪い。それに比べ、ギルガ隊長は小憎らしい程い

つも通りだった。隊員から見ても彼の頑強さは超人並に思える。

「ご苦労さん、お前らは宿で休め」

「隊長はどうするので？」

「わしはこのヘンテコを長老まで届ける。いつまでも担いでいるのも疲れるしな」

　そう言うとギルガは右肩に乗せた剥き出しの機械を左肩へ乗せ変えた。例の嵐から持ち帰った物であ

る。

「解りました、お気を付けて」

　隊員達は流石にこれ以上付き合う気力は無いらしく、各々宿へと向かって行った。

「さて、わしは行くか。しかしここも久しぶりだな」

　鉄の集落はいつも賑わり活気に溢れ、大戦前の街並みを彷彿とさせる。

　キメラの不安が無い訳では無い。現にこの集落の回りはキメラの巣と言われるほど、常に数多くのキ

メラ徘徊しているのだから。ただ、他の集落と違うのはどの住民にも希望と言う光がある事だろう、そ

してやる事が多い為の忙しさも不安を紛らわす一つの要因になっているのだろう、皮肉な事かも知れ無

いが。

　ここの住民には自分達は未来の為、人類の為にやっているのだと言う誇りがあるのだろう。その日生

き残るのが精一杯と言う、他の集落とは違う食料の豊かさもそれに一役買っているのかも知れない。こ

こにはキャラバンが運ぶ食料以外に、大戦前から貯蔵してあった非常食も豊富にあるのだ。

　そして節約を平素心がけている為に、まだここで１，２年は楽に篭城出来る程の食料が保管されてい

るはずだ。

　時折、ギルガに気付いて声をかける者、担いだ機械を訝しげそうに眺める者、色んな人間とすれ違う。

「ああ、良いとこだ」

　彼はこの集落が好きだった。と言うよりも、人の活気が好きなのだ。明るく笑い、働いて汗を流し、

日々の出来事を語り合う。それの何と素晴らしい事か。ここには人間が失いつつあるものが、未だ強く

残っている。

　それが何より心地良い。

「しかし少々重てえな、この荷物は」

　如何にギルガとは言え、長い荒れた道のりを進んで疲れない事は無い。ただ、それを表に出さないだ

けで。彼も人間、疲れもすればキメラを畏れもする。ただ、隊長としての責務がそれを抑え付ける為、

いつからか超人にも見えるようになってしまった。

　それが幸か不幸なのか。ただ便利なのでギルガ自身は気に入っている。

　しばらく進むと住宅街に出、その先に目的の長老宅がある。長老宅と言っても、言わば前線基地なの

だが。

「おう、ご苦労さん」

　警備員にあいさつを渡し、自動扉をくぐる。誰かさんのようにこれで遊んだりはしない。

　警備員はどこかへ連絡を入れている。おそらくギルガの来訪を知らせているのだろう。そんなとこも

ここには昔の香りがする。

　勿論その間も彼はサクサク進む。エレベーターの前を通り、階段を何度も上る。

「下に居ろ、下に」

　といつも彼は思うのだが、何故か人間高い所を好むらしい。自分の権限を何かで示したい顕示欲の現

れかも知れない。長老で無く、その側近のだが。ここの長老もおよそそう言うモノとは無縁の性格をし

ているのだから。

　人を従える者は、その期待にも応えなければならない。

「そういう事だろう。面倒だが」

　大仰な扉を抜けると、美人の秘書官が笑顔と共に迎えてくれる。これは嬉しい。

　そして通された先には。

「久しぶりだな、アリア長老」

　長老と言う響きの凡そ似合わない相手に向かって、悪戯っぽくそこを強調して笑う。笑いこそ、人の

活力源なり。

　照れ笑いにも似た苦笑を浮かべ、目の前の女性は豪奢な金髪を靡かせる。

「ミルドリアは貴方に似たのね」

「何の事だ？？」

「いえいえ、何でもありませんわ」

　そしてにこやかに言葉を紡ぐ。

「ようこそいらっしゃいました、鉄の集落へ」　

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