ささやかな休息

頷く心理

　移転より早一月、森の集落は漸く落ち着きを取り戻した。重症を負っていた者も、そこかしこでリハ

ビリとしてゆっくりと歩いている姿が見かけられる。

　幸いあれよりキメラを付近で見かける事も無くなり、静かなものだった。ただ、警戒は怠らない。つ

まりは台風の目に入ったようなものだと、誰しも思っているのだろう。嵐の前の静けさだと。

　ともかく、人々はそれなりに穏やかな暮らしをしており。変わった事と言えば、　ラフィアス長老が

復帰した事により、レジトの肩書きが長老補佐になった事と。ギルとレイがキャラバン隊の訓練に参加

し始めた事くらいだろう。

「ロン、今日もお疲れ様」

「ありがとう、リア」

　そんな中で、ロンは青年団の一人として今日も地道に仕事を果たしている。元々青年団の仕事は木の

実を捩って来たり、薪を拾ったりと、そんな地道な生活の糧を得る事なのだ。今はそれに軍事訓練も加

わったのだが、まともに動ける者がまだ半数くらいなので、まともに訓練している者はギルとレイくら

いなものだった。

　一人当りの仕事量が自然に増した為、余力のあるほどの元気者は多くないのだ。

「リアさんのお料理は美味しいわね。どうしたらここまで上手くなるのかしら」

「ミルドさんももう少し練習すれば、これくらいはすぐです。ミルドさん、覚えるのが早いもの」

「そうかしら」

「はい」

　キャラバン隊員達は各家ごとに数人ずつ分散して厄介になっている。彼等もまだ半数は充分には動け

無い。集落は落ち着いたが、負傷者が完治するにはまだしばらくの時が必要なようだ。

　ミルドはロンと共に長老宅に居る。補佐をしているレジトもたまに一緒に食事をするが、テーブルに

付くのはこの三人の場合が多い。彼女もまだ両腕が完治していないので、昼は訓練指導、夜はリハビリ

も兼ねてリアに料理を教わっている。今までそう言ったものに左程興味を示さなかった彼女が突然やり

だしたのには、暇を埋める為以外にも何かしらの心境の変化があったのかも知れない。

　ただ、それは彼女のみが知る事である。

「でも、ここの皆さんには本当にお世話になりっぱなしね・・・」

「何を言っているんですか。ミルドさん達のおかげでキメラも追い返せたのですから」

「・・・ええ、そうね・・・」

　ミルドは少し表情を曇らせながらそれに頷く。顔が下を向いたので、誰も悟れなかったが。

　ロンは相変わらず少食で、しかも食べ物よりも水分を多く摂るので、見ている方は少し心配にもなる

のだが。彼は不思議な程健康で、風邪一つひいた試しが無い。

　しかし、本当にいつもと変わらない。ミルドはあの時自分が見たものが幻だったように思える。あの

時、確かにインドラに立ち向かったのは・・・・。

「・・・ミルドさん？？」

「えッ、何？」

　慌てて声のした方を見ると、そこにはリアの心配そうな顔があった。澄んだ瞳で不思議そうに見詰め

ている。

「何だか、急に黙ってしまわれたから・・・・」

「えッ、ううん。何でも無いの、ちょっと思い出してただけ・・・御免ね」

「あッ、いえ、すいません」

　思い出してた、だけで何か察したのだろう。今度はリアが慌てて話題を変えた。

「優しい子・・・・」

　ミルドは改めてそう思った。

　リアに相槌を打ちつつ、自然に視線はロンへとちらちら向かう。

　ロンはそういう機微には、例えあからさまでも、まったくと言って良い程気がつかない。それが物足

り無くもあり、真剣に悩んだりする自分が何なのかと思えてしまう。

　でも、確かにインドラを退けたのは・・・・。

　しかし、今では良く解らなくなっている。ロンと言う青年は一体、何者なのだろうか。知れば知る程

解らない。そして何故か心地良さを感じる。その純粋さは誰よりも透き通って、光に透けそうな程で。

幼児のようで、それでいて知能も理解力も高い。

　果たして何なのか・・・・。

　ただ、かなうならもう少し。

　そう、もう少しここに居たい。

　穏やかな日々の中で。

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