老兵も奮う

兵どもに

　穏やかに傷痕を癒していた森の集落に、再びギルガが訪れた。

　集落には未だ怪我人が多い為、いつも以上に彼を歓迎した。彼がここの出身者だと言うのも心強く感

じるものだ。

「ラフィアス長老、災難でしたな」

「おう、ギルガかい。いやいや、命があるだけめっけもんじゃい。じゃが、どうせなら若い者達よりも

この老いぼれの命を持って行けば良いものを・・・・」

「長老、死を望むのは死者に対して失礼ですぞ」

「うむ・・・・そうじゃの」

　そして第一にギルガがした事は、旧知の仲でもあるラフィアスと会う事だった。勿論、一番事情に詳

しいのが彼だろうと思ったからでもある。

　そう理由を付けなければ動けなくなった事に、多少の歯痒さを覚えてしまうが。しかし、それも人間

の一つの性でもあるのだろう。ギルガもその意識は薄いが、まったく無い訳では無い。

「まあ、元気そうで安心しましたな」

「ほほ、衰えたとは言え、まだまだその辺の馬の骨には負けんぞい」

　現にラフィアスは顔色も良くなっており。まだ多少動きづらいようであったが、体調面だけで言えば

至って健康と言った風である。

　相変わらず、タフだ。ギルガは心中、舌を巻く。この調子なら全治まで後一月もかかるまい。

「しかし、なんでまたお主がここに？お主の隊のルートでは、まだまだこの集落には到着せんはずじゃ

がの」

「ああ、その事ですか。まあ、先のキメラの所為でここが一番手薄ですからね。それとこの集落にわざ

わざあのインドラが来たのにもそれなりの訳があろうと、わしはそう考えたのですな」

「なるほどのう。確かにわしもそれが解らん。わざわざインドラをたかだか一集落に寄越す理由がな。

ただ、鬼やケルベロスがどうのこうのと言っておったから、もしかすればお主を狙っておるのでは無い

かな」

　ラフィアスは自信なさそうに推論を述べた。それだけ襲われた当事者達の代表でもまるで検討がつか

ないと言う事なのだろう。ともかくにも、情報が少な過ぎる。結論どころか、仮定を立てるにも覚束無

い。

「わしを・・・・ですかな。うーむ・・・・」

　しかしギルガもそう言われて思い当たらない節が無い訳では無い。彼の背中にある長刀の事だ。

　だが、キメラ鋼製の武具は確かにキメラにしても脅威ではあるだろうが。それならそれで、嵐を起こ

した理由が解らない。確かに結果としてギルガが来る事になったが、それよりもむしろあれは誰も森の

集落に近寄らせない為だったのでは無いか。もしくは時間稼ぎ。

　しかし何故わざわざそんな事を・・・・・。

　どう考えても最後は、何故わざわざ、と言う疑問にぶち当たってしまう。今はもう考えるのは避けた

方が良さそうだ。

「まあ、今の段階では判断しようがありませんな。とにかく、しばらくはわしがここの警備をしましょ

う」

「おお、お主が居てくれれば心強い。そうだ、それならついでに訓練の指揮をしてやってくれないかの。

ミルドもまだ完治しておらんし、うちの若いの達も自分の身くらいは守れるようにならんといかんし」

「ああ、いいでしょう。どうせ暇ですからな。では、少し見てきますかな」

「うむ、では頼むぞい。礼を言うぞ、ギルガ」

　ラフィアスは珍しく丁寧に頭を下げた。集落の者が見れば、さぞ目を丸くして驚いた事だろう。この

老人が他人に頭を下げる姿なぞ、彼らはついぞ見たことが無いのだから。

　ギルガも不思議そうにその姿を見てから、不意に豪快に笑った。

「なんじゃ、人が折角頭をさげてやってるのに。それを笑うとはけしからん」

「はは、いや申し訳無い。長老がわしに頭を下げる日がついにやって来たかと思ったら、何だか可笑し

くなってしまいましてな」

「ほほ、確かにそうじゃな」

　これにはラフィアスも怒りを忘れて、思わず吹き出してしまった。

「わしがお主に頭を下げるとは、これはもう世も末じゃ」

　そして、如何にも悔しそうな表情を浮かべた。

「では、失礼」

　それを見ながら、ギルガはこれだけでもここに来たかいがあると言うものだと思い、外に出てから人

知れずひたすらに笑った。

　一連のラフィアスの姿が、それだけ彼には愉快で仕方が無かったのだろう。

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