誘う暴気

炎へ飛び入れよ

　最近の朝は清々しい。適度な運動、自由な時間、美味しい食事、なにより充分な安らいだ睡眠が人に

活力を与えるのだ。

　彼にしてみれば、この森の集落は新しい故郷であるし。それにキメラに囲まれていると思うよりも、

森に囲まれていると思う方が遥かに精神状態にも良いに決まっていた。

　しかし、そんな他人からみれば特異な平穏も、清々しいはずの朝からぶち壊しにされてしまった。人

生、万事そのようなものである。

「ギ、ギルガさん！大変ですッ！！」

「何だ何だ、朝っぱらから！」

　彼、ギルガは不機嫌になる自分を抑えもせずにそう言い放った。慌てて飛び込んで来た彼の部下は多

分に気圧されてしまったが、そこはそれ慣れているらしく何とか二の句を告げる事が出来た。

「実は、あの・・・ミノタウロスが・・」

「ミノタウロス？？・・・・・・ああ、あれかッ！」

　そう言えば、以前ミノタウロスを埋めて槍を突き刺した所までは良かったが、止めを刺せる武器が無

かった為にそのまま放って、色々ある内にすっかり忘れてしまっていたのだった。

　キメラとゴキブリはすかさず殺す、が不文律でもあるキャラバン隊のしかも隊長ともあろう自分が。

「情けねえ・・・。くそッ、わしとした事が。・・・んで、その牛頭がどうかしたか」

「その牛が移転前の森の集落が在った場所で大暴れしているのですよ」

「何ッ！？あそこから出れる訳が・・・・・。いや、ならすぐに皆とミルド隊の奴等、動ける者と武器

を集めろ。若造共にはこの集落を警戒させておけ、まだ実戦では使いものにならん」

「わ、解りました」

　ギルガの決断は早い。部下の隊員は慌てながらギルガの命を伝える為に急いで出て行った。

「またこの集落なのか。一体ここに何があると言うのだ・・・」

　疑問は深まるばかりだが、それを今考えている時では無い。彼は即座に着替え、愛用の長刀を背中に

乗せてすぐに外へ向かった。

　外へ出ると、すでに隊員達は隊列を組みつつあった。この辺の迅速さは普段からの訓練の賜物と言え

るだろう。

「まあ、これだけ居れば何とかなるか」

　見渡す所、ざっと１０名。丁度１キャラバン隊の半数と言った感じだ。それはキャラバン行軍が出来

るぎりぎりの数でもあり、心元無くもあるが。ミノタウロスが相手ならばこれで十分だろう。

「よし行くぞ！二手に分かれ、急ぎ強行せよ！」

　隊員達は二手に分かれ、軽いカーブを描くようにそこへと向かう。これは集落のある方角を悟られな

い為の手段であり、距離は増しその分到着時間がかかるが、それでも必要な事であった。

　キメラの襲撃は昔はともあれ、今はまったく無意味にある訳では無い。必ず何らかの意図があるのだ。

　だからギルガ達、キャラバン隊長は徹底させる。

　それを現す言葉がある。即ち、

「命と時間を惜しむな、集落をこそ惜しめ」

　言い換えれば。例え隊員や自分の命が無くなろうとも、集落だけは残せ。と言う事であり、苛烈極ま

りない意識だとも言える。

　ただこの時代、人間と言う種を未来に残す事を優先する考えが主流でもあった。そう言う時代なのだ。

「いいか、先手必勝、瞬殺至極だ！」

　ギルガはそう叫び、駆けながら。もやもやとした危機感を感じていた。

　こういう予感がした時は碌な事が無い。

「行くぞ！」

　ギルガはそれを振り払うように、背中の長刀を抜き放った。ぬらぬらと刀身から剣気が淡く燃え上が

る。

　視界の先にミノタウロスの角が見える。

　皆、一斉に自らの足に力を込めた。

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