猛暑

燃え盛る者

　一太刀、剣戟が弾き出され、光が疾走る。

　どすりと根元から分断された角が地面に突き刺さった。

「グホオオオオオオオッ！！」

　叫び声を上げながら、ぎょろりと睨み。巨大な口が薄ら笑いを浮かべ、歓喜の雄叫びを上げる。角を

切り落とされた痛みよりも、復讐を遂げるべき相手が現れた事がより濃くこのキメラの心中を染めたよ

うだ。そう、ただこの男、ギルガを滅する事のみが。

「グフゥ、グフアアアアアアアアアッ！！！！」

　そして復讐者と化したミノタウロスの両眼が爛々と輝き、異質なまでに紅く燃え盛った。

「流石に一閃とはいかなかったか」

　弾かれたギルガは転がりながら距離を取る。

　ミノタウロスは荒れ狂う竜巻の如く、無心に巨斧を振るう。その度に草木の残骸が舞い上がり、木々

を薙ぎ倒す。

「平地では厄介な力だ」

　集落跡であり、開けた平坦な地形はミノタウロスのような巨漢に有利に働く。以前のように罠を仕掛

ける暇も無かった為、まともに闘うとなればやはり厄介な相手ではあった。

「全隊構え、一斉射撃！！」

　ギルガの号令に応じて、次々と隊員達の銃器から無数の火が放たれる。

「グホアアアアアアアアアアッ！！！！」

　ミノタウロスの身体にその銃弾が次々と突き刺さった。

　しかし、その戦斧の勢いはまったく衰える様子が無く。衰える所か益々怒りの炎を巻き上げ、大地も

軋む程その大足で踏み荒らしながら、ドスドスと振り回しながら突進してくる。

「全隊散開！」

　隊員達はばっと散り散りに避け。

「グオオオオオオオオッ！！」

　一瞬後に大音響と共にそこへ巨斧が叩きつけられた。地盤が捲りあがり、小石が弾き出される。

「くッ、何だこいつァ、無茶苦茶なッ！」

　最早ミノタウロスからは理性の欠片も感じられず、ただ本能のままに視界に映る動くモノに手の斧を

叩きつけるのみであった。

　それにも何の意図も考えられず、ただ怒り、恨み、そう言った感情がその斧にうらうらと纏わり付い

ている。

「グホオオオオオオオッ！！」

　精神が肉体を凌駕しているのか。幾度も振るい、縦横無尽に駆け回っているはずなのに、まったくこ

のキメラは衰える様子が無い。

　逃げ回るこちらの方が、筋肉繊維の悲鳴が聴こえてきそうだった。

「グフォグフォうるせえ、この牛頭が！！」

　ギルガは身体を反転、執拗に彼を追うミノタウロスに向かって長刀を振り抜いた。

　風が巻く。

「グフオオオオオオオオオオッ！！？」

　パシュっとミノタウロスの右膝が断ち割れ、薄汚い体液が噴出す。傷口から野太い骨が見えた。

「グガアアアアアアッ！！」

「何ッ！？」

　驚いた事にそれでもミノタウロスの勢いは衰える所を見せず、そのまま体重を乗せてその巨斧をギル

ガへと叩き付ける。

　引き攣った斬音が吹き荒れた。

「この牛頭が・・・・変な根性見せおって！」

　ギルガは辛うじてその長刀で押し返していた。ギリギリと耳障りな音がする。

　しかしその長刀も巨斧と比べればか細すぎ、如何にも頼りない。今にも押し潰されそうだ。

「てめえら、ぼさっとするな。一斉射撃だ！！」

　その叫びに我に返ったように隊員達の射撃が再開した。動きの止まったミノタウロスに面白いように

突き刺さる。

「グホオオオオオオオッ！！」

　それでも巨斧にかかる力は変わらない。

「くッ！」

　身体中の筋肉が張り裂けそうだった。気持ちの悪い汗が無数に浮かぶ。

　だが、ギルガは一つの事に気がついた。手にする長刀の刃が巨斧を少しずつ抉り、刀身がめり込んで

いたのだ。

「ふふ、流石はリグ博士だ。やってくれる」

　ギルガは深く息を吐き出した。両足が地面に押し込まれる音が聴こえる。

　それらを無視し。静かに溜め、一気に吐き出す。

「つあッ！！」

　刀身を抑える片腕に溜めた何かを叩き付けるように、渾身の力で一気に押し上げる。

「はああああああッ！！」

「グフォッ！？」

　乾いた音が巨斧を疾走り、真中から真っ二つに割れる。フッと押し返していた力が抜け、手にする

半斧が虚しく地面を割く。

　そして目の前を何かが横切った。

「グフオオオオッ！！？」

　視界が途切れ、両目から何かが飛び出す。

「フン、牛如きがわしに敵うと思うたか！」

　そしてミノタウロスの耳に憎むべき者の勝ち誇った声が聞こえてきた。

　再び両目が閉じられ、視界が暗く沈むのを感じる。

　もう、暗いのは嫌だ・・・・。

「グホオオオオオオオッ！！」

　だがその思いも虚しく、ミノタウロスは自分が首元からゆっくりと落ちていくのを感じた。

　ああ、暗い・・・・。　

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