巨獣の一睨み

巨獣現臨戦

「フオオオオオオオオオン！！」

　巨獣は威圧するかのように大きく吠えた。掠れただみ声のようでいて、酷く甲高くもある。全身は象

かサイに似た硬質な分厚い皮膚で覆われており、水牛のような大きな角が生えており、曇ったような色

をした毛でその身体を包み込んでいる。

　ともかく巨大な牛と思えば、実物と大差無いかも知れない。

「これは・・・まさかベヒーモスか・・・」

　ギルガが呟く。今居る中では彼が一番の博識だろう。

　ベヒーモス、ミドガルズオルムを別格とすれば最大級の体躯を持つキメラである。その能力として、

大地震を起こす事は広く知られている。有名な、いや恐名なと言い換えた方が良いかも知れないが、キ

メラである。

　現在、そう高い建物も無く、住居が密集している訳でも無いから人類の最盛期に比べればその脅威は

減少したように思われるが。しかし、人間が大地に根を下ろす限りは最大の障害であり、最悪の災害だ

ろう。一集落等、ものの数分で瓦解してしまう。

「インドラに続いて今度はベヒーモスとは・・・つくづく運が無いらしい」

　ギルガはこの時、森の集落の事は半ば諦めた。万が一この巨獣を退けられたとして、この辺りに立っ

ているもの等草木一本とてあるまい。

　キャラバンの鉄の気構えを無視する事になるが、ここに至っては仕方が無い。

「わしらが食い止める。その内に住人を逃がせ！」

　ギルガは覚悟を決め、背中の長刀を抜き放った。刀身から淡い光が零れ飛ぶ。

「しかしギルガさん達を置いては・・・・」

「馬鹿野郎！！！！」

　異論を唱えようとしたギルは、しかしギルガに一蹴されてしまった。

　ギルは唇を噛み、何かを堪えるように住民の方へと走り出す。レイ、ロンが慌ててそれに続く。

　幸い怪我人達も走れるくらいには回復している。傷には障るだろうが、そこまで気にしていられない。

「ギル！」

　レイが心配そうな視線を送る。

「俺達は俺達に出来る事をやるだけだ。変な気遣いは邪魔にしかならない」

　だがギルは心配無用と言うように、或いは自分に言い聞かせるようにそう言い放った。

「うん」

　レイはいつも通りの顔で頷く。

　その俊足を生かして逸早く戻ったロンがレジトにギルガの意を伝え。そして二人は二手に分かれ、住

民と青年団の元へと向かった。

「僕らも負けてられないよ、ギル」

「解ってる。俺らがギルガさんと並べるのはまだまだ先だからな」

　ギルはまだ少し寂しそうだったが、その目からは迷いは消えていた。

「でもやっぱりロンって速いよね」

「ああ、俺の倍くらい速そうだ」

「倍って、そこまでいったら人間超えてるよ」

「はは、そうかもな」

　そしていつも通り二人で笑った。こんな時にも少なからず余裕を持てるのは、希望の存在があるから

かも知れない。

　ケルベロスの時の事はまだはっきりと何か解ってる訳では無いけれど、それでも彼さえ居れば。そう、

ロンさえ居れば、そんな風に思えるのだ。

「よし、二人があっち行ったから、俺はこっちに行く。レイはそっち方面を頼む」

「ラジャー」

　そして二人も避難作業へと移った。

　史上初の移転では無く、完全な撤退作戦が何の準備も構想も無く始められようとしている。

　集落全土を覆うような馬鹿でかいキメラの影の中で。

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