キメラ再動

秩序ある潰走

　治療所として使っている建物内に入った時、溢れ出るような人の流れに押し潰されそうになった。慌

てて踵を返し、外で待つ。

　青年団員が怪我人に寄り添って移動を手伝っているのを見る限りは、すでに誰かが知らせていたのだ

ろう。皆相変わらず慌てふためいているが、それでもやるべき事はしっかりとやっている。それだけ、

指示が行き届いているのだろう。レジトの神経質なまでの指揮も、こういう時には役に立つらしい。

　人間切羽詰った時だからこそ、一つの方向にエネルギーを向ける事も出来る。

「あれ、ロンくんじゃない。どうしたの？」

　最後にミルドが現れ、不思議そうにそう言った。手には未だ包帯がぐるぐる巻きにされているが、も

う随分良いようで一人で行動していた。おそらく最後まで残って居たのは、皆出払ったかどうか確認し

ていたのだろう。

「え、いやミルドさんの手伝いに・・・・・でも、その必要も無かったですね」

　ロンはぽりぽりと頭を掻いた。それを見てミルドは微笑を浮かべる。嬉しかったのだ。

「いえ、そんな事は無いわ。でも、青年団だけあって集落の人を助けたいと言う気持ちは強かったみた

い。私もすぐこっちに来たのだけど、もう先に彼等が居たわ」

「そうなのですか。では他に行きます」

　にっこりと笑い、再び踵を返そうとした青年に、しかしミルドは声をかけ立ち止まらせた。

「ええと、心配して来てくれたのかしら」

「はい。リアにも言われましたし」

「・・・・・そう」

「はい。ではミルドさんもお気を付けて」

　飛び出した青年の後姿を見ながら、ミルドはちくりと何処かが痛むのを感じ、そして何故か酷く残念

な気持ちが広がったのだった。

「次は・・・・」

　ロンはベヒーモスの巨体を睨みつけ、惹かれるようにそちらへ駆け出した。そうしなければいけない

気がしたのだ。確かに未知なる己が声が聴こえた気がした。

　

「フオオオオオオオン！！」

　何度目の突風だろうか、目前の巨獣は変わらず微動だにせず。たまに思い出したようにこうして吐息

を吐き出す。その度に風に乗った落ち葉や枯枝に身を切裂かれ、小さな傷が増え始めている。大した傷

では無いが、微細な痛みも積もれば落ち着きを奪い去る程に全身を震わせる。

「隊長、まだですか！？」

「知った事か、静かにしていろ！！」

　隊員達も痺れを切らし始めている。もともとキャラバン隊にとってキメラとは、正に生きるか死ぬか、

更に言えば先手必勝であり、こう言った時間稼ぎには慣れていない。

　しかも目前のキメラはそんな自分達を嘲笑うように見てもいないのである。この巨獣にとっては路傍

の石にも及ばないのであろう。自尊心の強い隊員等は噛み切れるかと思うほどに、唇を強く噛み締めて

いる者もいた。

　ただ、それを諌める立場のギルガが実は一番苛立っていると言う事に気付いているだろうか。自然、

口調も強くなるのだが。彼は元から戦闘時は口調が強くなるので、他人から見れば彼の心の動きはその

言動で推し量れないのだ。　

「まったく、この独活の大木めが！！」

　心中でこう何度罵った事か。もう、それぐらいでは抑え切れない程に血がふつふつと沸騰している。

　速く、速くと祈るしか無いのが尚辛い。

「む！？」

　待ちわびた時が訪れたのはそんな時だった。

「グオオオオオオオオオオン！！！」

　一層大きな叫びを上げ、ベヒーモスは再び歩き始めたのだ。その目はギルガ達の後方を睨んでいる。

その足が振り上げ、押し下ろされる度に盛大な振動が大地を鳴動させ、這いつくばるしか無い人々を再

びパニックにさせる。

「騒ぐな！！しっかり走れ！！」

　そう叫ぶレジトの声が離れたここまで微かに聴こえて来る。

「隊長！」

「よし、一斉射撃！！」

　待ち構えていたように歓声、勢声を上げながら隊員達は銃弾を打ちまくる。

「フオオオオオオオム！！」

　ベヒーモスの動きが止まった。そして煩わしそうにこちらを睨む。その巨足からはぽつぽつと赤い雫

が流れ出ていた。

　しかし隊員達の勢いもそこまでだった。物凄い勢いでベヒーモスは片前足を叩きつけ、その衝撃で割

れた地片が大地から槍のように飛び出す。

「わわッ！！？」

　地槍の中心部に近かった一人の胸が大きく刺し貫かれ、その上に再びキメラの巨足が叩きつけられる。

「くッ！？散開するぞッ！」

「了解！」

　ギルガ達は急いで散開して距離をとった。だがそれもベヒーモスの半歩にも及ばない。下がっても下

がってもすぐ目の前に巨足が振り下ろされ、地槍が飛び出す。まったく意味が無い。

「ならば！」

　ギルガは覚悟を決め、変形片正眼に構えぐっと爪先に体重をかける。

「はあッ！！」

　そして気合と共に弾丸のように跳躍した。握り締められた刀身がぎらりと光る。　

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