乾坤熱貫

孤高なる者

「小僧ッ！！？」

　最早青年の面影も無く、その場には岩山のように無粋に折り重なった巨石があるのみだった。これで

は如何なる人間もひとたまりもあるまい。古来、圧倒的な質量に及ぶ兵器は無いと言われる。

「グオオオオオオン！！」

　嘲笑うかのようなキメラの叫び。

「この野郎がッ！！」

　身体中にふつふつと怒りが湧き上がる。こうなれば、

「刺し違えてでも！！」

　まだ朦朧する感覚を振り払うように長刀を一閃し、むくりと構える。部下達もそれに応えるかのよう

に木々や岩陰に背を預けながら、銃身を巨獣へと向けた。

　しかしギルガにはこんな時でも、年月によって染み込んだ冷静さと言うものは消える事は無い。

　憎いからこそ、真を睨みつけ、それを探る。確実に滅する為に。

「どうする・・・・」

　今更傷ついた足を攻撃したとしてどうなるものでも無いだろう。斬りたい、もっと長い刃が欲しい。

「そう、もっともっと雄々しく気高く。何者も叩き伏せる刃が」

　祈りが天に届いたのだろうか、それとも刀が応えたのか、それは解らない。ただ、ゆっくりと伸びた

のだ。いや正確にはその刀身にぬらぬらと纏わり付いていた光が集まり。長く、もっと長くと刃となっ

てぐんぐん伸びて行く。

　そして斬りたいと思う度に、それがギリギリと研ぎ澄まされていくのだ。

　斬る、斬る、斬る。

　その想いだけが宿ったように、どす黒いまでに凶悪な輝きを伴って。

「疾走れ、鬼斬丸！！」

　肩に担ぎ上げた長大すぎる刀身を、その身体ごとぶつけるようにベヒーモスの巨体へ浴びせ掛ける。

「ツォオオオオオオオオオオオオオッ！！！！」

　そして風車のように気合を乗せて振り抜いた。風が舞う。

「グオオオオオオオオオオオオオオオン！！？？？？」

　ベヒーモスも理解出来なかっただろう。それは一瞬の閃きのように襲い、容赦無く薙ぎ払った。そう、

事も在ろうにその巨大な四肢を真っ二つに両断したのだ。呆れる程簡単に、そして無慈悲に。

　痛みも無かったに違い無い。まるで喜劇のように、その巨体が四肢を残して静かにスライドしたので

ある。馬鹿げている、或いはそう思ったかも知れない。だだ、四肢から流れ落ちる血肉が生暖かいリア

ルをキメラに与えた。

　だが、それまでだった。ギルガは力無く項垂れ落ち、柄から蒸気のような熱風を噴出し刀身からも一

切の光が消えた。ベヒーモスも多大な傷とは言え、致命傷にはなりえない。完全に再生するのにも一日

とかからないかも知れない。

「グウウウウウウウ！！」

　そして最後に残ったのは憎悪だった。卑小な人間に対する恨み。紅い瞳が燃え上がる。

　だらだらと体液を流しながら、ゆっくりと歩み。ギルガへと近付く。何をする事も無い。ただ、この

自らの巨体を圧し付ければ人を屠る事など容易い事なのだ。

　隊員が我に返り、慌てて銃弾を打ち込んだがまるで無意味だった。その巨体に比べれば、その銃弾等

馬鹿馬鹿しいまでに卑小過ぎる。先ほど効いたのはギルガの攻撃と合わせてこそ。単品では蚊程の傷み

も与えられない。

「グオオオオオオオム！」

　そして歓喜の雄叫びと共に、今正にギルガを圧し潰そうとした瞬間だった。

　また馬鹿げた話だが、折り重なっていた巨石が真っ二つに弾け跳んだのだ。そしてその中から槍を振

るった姿の青年が一人。

「小僧・・・・」

　先程の長刀の輝きにも似た光を、その手に持つ槍に漲らせ。

　そして静かにベヒーモスを見上げる。

「・・・・キメラ・・・滅すべし！」

　目の前に槍を掲げ。

「・・・・タスラム・・・起動・・」

　槍から球型に現れた炎で太陽のように全身を燃やし、一顧の弾丸のように弾け飛んだ。

　瞬時にして距離を無くし、ベヒーモスの頭蓋に突き刺さる。額に無惨な程の大穴が空く、削り焦げた

ように真っ赤な傷痕を残して。そして更にキメラの巨大な頭を蹴って跳ぶ。

「・・・・ブリューナク・・・・起動・・」

　槍先が割れ、間から熱光が溢れ出る。

　そして振り下ろされた槍が、大音響と共にベヒーモスの巨体は貫き、そこに巨大な火柱が立ったよう

に縦一文字にその巨体を噴き裂いた。

　着地した青年に呼応するように、ゆっくりと巨獣は二つに剥がれ落ちる。

　最後に大地が盛大な悲鳴を上げた後、そこには静けさのみが残った。

　風から焼け焦げたような匂いがする。

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