暗い侵蝕

荒涼

　森の集落の、いや元森の集落の住人達は青年団達の働きもあって、九割方助かっているようだ。怪我

人も少なく、その意味では幸運だったかも知れない。だが、表情が翳るのを誰も抑える事が出来なかっ

た。

　何十年も住んでいた訳では無くても、あの集落は自分達が必至に一から作り上げたもので、その分思

い入れも深い。それが一瞬にして消えてしまったのだ。大げさに言えば、彼らにとっては自分達の国が

無くなってしまったも同じなのだから。

　しかも移転してすぐの事だっただけに、尚更疲労感に襲われる。

「皆、悔いても嘆いても仕方があるまいて。こうなる事は初めから覚悟しておった事じゃい、それより

も今はこれからどうするかじゃ」

　そう言うラフィアス長老の表情も、流石に翳が深い。

「そうです。生きてさえいれば、また集落を造る事も出来ます」

　ミルドがそれに続く。彼女達キャラバン員はその仕事の性質上、こう言った所謂地元主義のようなも

のは自然薄くなる。

　しかし、住民達にとってはそう簡単に割り切れるものでも無いだろう。

「そして造って、また壊されるのかい？」

　中年の男が呟くように言った。

　そしてその一言で、また辺りが陰鬱な空気に包まれる。他集落人でもあるミルドにはそれ以上何も言

える事は無かった。

　ラフィアスも難しい顔をさらに顰めている。しかし彼の責任感がそうさせたのか、ゆっくりとではあ

ったが、その重苦しい口を開いて言った。

「今は考えるのは止めじゃ。それよりも今どうするかじゃて」

「ここからだと川の集落か火の集落のどちらかに行くしか無いでしょう」

　副官らしくレジトが続いた。彼もそう落ち込んではいないようだ。

「うむ、その通り。しかし火の集落は食料の備蓄も多くないからの、川の集落へと向かいたいと思う」

　川の集落とは文字通り川辺に在り、海産物が豊富な集落である。この集落ならば、いきなり大勢で押

しかけても大丈夫だろうと推測出来る。

「そうと決まったら早く移動せねばなるまい」

　そしてラフィアスはまだ放心状態に近い住民達を何とか急かして歩かせ始めた。早く行かなければ手

持ちの食料は少ないし。何よりいつキメラに出くわすか解らない。折角遠出してまで仕入れた武器も、

ほとんどが瓦礫の下敷きになってしまっている。

　住民達もキメラへの恐怖心が上回ったようで、一度歩き始めたら後はスムーズに移動している。

「ん、どうかしたかの？」

　そんな中で、リアが何かおろおろとしている姿が見えた。

「ロンが・・・・」

　リアは先程からずっと探していたようだ。確かにあの青年の姿が見えない。青年団もほとんどが戻っ

て来ていると言うのに。

「むう、どうしたのじゃろう。そう言えばレイとギルの姿も見えんの、おそらくこっちに向かっておる

所じゃ。心配するな、リアよ」

「そうよ、彼なら心配ないわ。あれで結構しっかりしてるんだから」

　ミルドも残っていて、リアに笑いかけた。自分にも言い聞かせているのかも知れない。

　住民達の移動はレジトに任せ、回復しているミルド隊の隊員達に護衛と道案内を任せる。キャラバン

ルートを辿って行けば、おそらく無事に行けるだろう。まあ、こればかりは運次第なのだが。

　そうして暫くラフィアス、リア、ミルドの三人で待っていると、叢からレイとギルが現れた。

「おお、無事だったか」

　ラフィアスが微笑みかける。

「ロンは？」

　そこへすかさずリアが問う。

「え、ロンはいないの？」

　だがレイから返って来たのは期待とは正反対の言葉だった。話を聞くと、途中から分かれてそれから

見かけてないらしい。ギルも知らないと答えた。

「ならギルガさんと一緒に来るんじゃないかな」

　レイが沈む皆の気持ちを和ませようと、精一杯の笑顔を作った。

　そして吉報を待っていた彼女達に、暫くして疲れきって現れたギルガ達がもたらしたのは、正に絶望

の一言だった。

BACK・ EXIT・ NEXT