スケープゴート

邂逅

「急ぎましょう、ギルガさん」

　ミルドが目的の扉へと駆け出した。

　そう、急がなければならない。ほぼ無尽蔵に湧き出すキメラの群れと警備システムを早く止めなけれ

ば。

「よし、皆動ける者は付いて来い！」

　ギルガも駆ける、改めて気を引き締めながら。番人が居たとなれば、中は手薄とも考えられるが油断

出来ない。キメラの考える事は創った人間に準拠しているとは言え、所詮は他生物である事には変わり

無い。思想も違えば、意識も違うだろう。

「不用意に手を触れるなよ！」

　ギルガの警戒声にミルドの動きがビクッと止まった。

「この手の扉にはトラップが仕掛けられている事が多い。何しろ鉄の集落よりも科学力が残っているん

だからな、ここは」

　そして目的の扉を睨む。この私設の設備を考えれば、当然この扉もロックされているに違い無い。

　さてどうするかと考え込むと。

「えいッ！！」

　甲高い金属音と共に扉がゆっくりとスライドして行く。

　見るとミルドが槍先で扉を押していた。

「おい、ミルド！」

「今は何より急がないと！」

　気のせいかいつも冷静なミルドの目に焦りの色が見える。現状を考えれば焦る方が当たり前とも言え

るのだが。

　ミルドはそのまま室内へと踏み込んだ。

「わしらも急ぐぞ！」

　後ろの隊員達に檄を飛ばし、自らも室内へと踏み入れる。不思議な事に第一級の重要拠点である、こ

のユグドラシルにはほとんどセキュリティと言ったものが無いようだ。この室内こそ一番の激戦区であ

ると考えていたギルガからすれば、拍子抜けも良いとこだった。

　暗いひんやりとした室内に灯るように機械光がちらほら在る。

　正面にはミルドの後姿。そしてさらに前方に人影が見えた。

「人間共めが、私の研究を邪魔する気か！愚か者がッ！！」

　人影が吠えた。ビリビリと伝達する大気が悲鳴を上げそうな大声だ、耳が痛い。

　そして人影は神経質なまでに歩幅が狭く小走りに現れ、もう一度怒鳴った。

「私の邪魔をするな！！」

　ミルドは黙ってじっとしている。おそらく睨みつけているに違い無い。

「残念だが、お前等の邪魔をするのがわしらの仕事だ！」

　ギルガも負けずに大声で叫んだ。

「何故、貴様らはこの研究の偉大さが解らんのだ！生命体を生み出すのだぞ、神への偉大なる第一歩だ。

解らんか！神への階段を駆け上がる事こそが、神より与えられた生命の進むべき道なのだ！！」

　キメラは側の机を思い切り叩く。

「ふざけるな！！わしらの道はわしらが決める！さあ、やるぞ」

　そう言ってギルガはミルドへと近付いた。

「・・・・・・」

　しかしミルドの様子がおかしい。未だ少しも動かない。

「ミルド！」

　肩に手をかけると、身体が小刻みに震えていた。そして小さいが全てを切裂くような声で。

「許さないッ！」

　槍先をキメラへと向け、見たことも無いような顔をしてギラリと睨みつける。紛れも無い怒りの顔。

　そしてふと気付いたギルガがミルドの先に見たモノは・・・。

「なッ！？」

　水槽の中に蹲る、あの不思議な青年ロンその人の姿だった。

「研究？・・・こいつの事だったのか・・」

　しばし呆然と眺めるも、全身に色んな管のようなモノを纏った青年は眠ったように動かない。ただそ

の右手に握られた、あの棒状のモノが鈍く、だが確かな光を帯びて小さく輝いていた。

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