ある日の出来事

巡り来る時に

　けたたましい荷馬や乗馬の悲鳴が聴こえる。

　騒音の中に駆ける一陣の閃き、迎え撃つ刃、叱咤する声。そんなものが場を支配していた。それは特

別なものでは無いが、最も人が畏れる光景ではあった。

　つまりはキメラとの戦闘。

「ガリク、下がれッ！奴が来るぞッ！！」

「くッ！」

　馬を駆り、キメラ・ミノタウロスに向かう青年が辛くも巨斧の一撃を避けた。

「無茶をするな！１対１でまともに相手出来る程弱くは無いぞ、このキメラは！」

　ギリシア神話に出てくるこの牛頭巨人の化物は、その三メートル程の体長と同じくらいの斧を自在に

振るう。その一撃は鋼鉄すら容易くへし折る程の威力があり、怒らせると手がつけられない。しかも小

回りはきかないものの、その動きは中々に素早い。

「でも、俺だってキャラバンの隊員です。足止めくらいは出来ますよ！」

「いいから、下がれッ！！」

　ガリクと呼ばれた青年は怒鳴られて、不承不承ながらも隊長の命令に従って後退していく。

「まったく。余計な手間をかけさせおって」

「ギルガ隊長、ガリクはまだ若い。功を焦るのは仕方が無いですぜ」

「リック、お前がそうやって甘やかすから・・・・」

　二人の壮年の男はいつも通り口論を始める。隊長のギルガに副長のリック、気は合うが意見はまった

く合わない。

　勿論この瞬間も目前にミノタウロスの巨斧が振り下ろされ続けている。足止めに配置していた隊員達

も役目を終えて次々と後退して行っているので、ミノタウロスがここまで辿り着くまでもう数分もかか

らないだろう。

「隊長の話が長いので、もう来てしまいましたぜ」

「元はと言えばお前が余計な口出しするからだろうが」

　もう巨斧が振り下ろされた時に出る風圧が届きそうなくらいな距離であるのに、まだ二人は動かない。

相変わらず終わらない口論を続けている。

　これは実は趣味でやっているのでは無いかとは、隊員達の間での専らの噂である。

「グホオオオオオオオオオッ！！」

　高らかな雄叫びと共に、巨斧を振り回すミノタウロス。おそらくは間抜けな人間め、とでも言ってい

るのだろう。彼の思考の中の人間とは、無様に逃げ回るか、恐怖に立ち竦むかしか無いのだから。

　強大なるキメラの前には矮小な人間など、足元に群がる枯枝にすら感じられない。

「だからお前がいつも茶々を入れてくるではないか、リック」

「それは隊長がすぐ怒鳴り散らすからですぜ。もっと若い奴を育てねえと・・」

「だから叱っているのではないか。何かあってからでは遅いのだぞ」

「かと言ってここの奴らは、人に言われてはいそうですかって玉じゃあ無いですぜ」

「ガホアアアアアアアアアアッ！！」

　延々と繰り広げられる口論を遮るように、ミノタウロスが愚かな二人に向かって最後の突進を駆ける。

これで人間共は壊れた人形のように無惨に吹き飛ばされる事だろう。

「ガフッ！？グホアアアアアアアアッ！！！！」

　しかしその二人に届く寸前で、突然大地が割れ、ミノタウロスはそれに喰われるように飲み込まれて

しまった。抜け出そうともがくが、もがけばもがくほど崩れる土石で身体が埋まっていく。斧を振り回

そうにも水より重い土に阻まれ、土中の海でまったく身動きが取れなかった。

「グホアアアアアアアアアアッ！！！」

　叫ぶ度に口の中へ入ってくる土塊が酷く不味い。

「おうおう、本当に引っ掛かったぞ。落とし穴なんて今時かかるかな、この牛は」

「ミノタウロスの知能はゴキブリ並とは良く言ったものですぜ」

　そして二人の人間は手にした大槍を、仲良く一個ずつ大牛の両目に衝き立てた。

「グホオオオオオオオオオオオオ！！！」

　この程度で死ぬようなキメラでは無いが、もう二度とまともには動けないだろう。

「さあ、行くぞ。こんな所で余計な時間をくってしまった」

「ん、止めは刺さないので？」

「今ある手持ちの武器では無理だな。残念だが今は放っておくしかあるまい」

　生物と鉱物の特性を合わせ持つキメラには、普段使われている鉄製の獲物等ではまったく歯が立たな

い。唯一効果があるのは目だが、それにしても深くは刺す事が出来ず致命傷にはならない。再生能力も

高いので止めは刺せる時に刺しておくのが鉄則なのだが。

「火薬も全部売ってしまいやしたしね」

「ああ、予備に携帯出来る程の余裕は何処にも無いからな。わしらの武器もミノタウロスに喰わせてし

まった事だし、さっさと次の集落へ行かないと」

「次は・・・確か火の集落ですぜ。あそこならいい武器も仕入れられやしょう」

「よし、全隊全速だ。急ぐぞリック」

「了解」

　二人は隊員との待ち合わせ場所へと急いだ。

「グホアアアアア・・・・・」

　後には諦めたようなミノタウロスの呻き声だけを残して。

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