無智への審判

隙と理

　件の研究室、ユグドラシル内は絶えず撃音が鳴り響いている。

　怒りに狂わんばかりのオーディンの猛攻は凄まじく、そして的確に急所を貫いていく。

　誰の身体にも無数の傷が尽きる事無く、変わらずオーディンへの攻撃は掠る事も無い。隊員達の顔は

恐怖でほとんど引き攣っている。

　流れ出る汗と血と共に体力が奪い去られていき、人間達にとって状況は常に悪化し続けている。

　正に終る事の無き悪夢。

「つああああッ！！」

　おそらく一番鋭いであろうギルガの斬撃も。

「はああああッ！！」

　最も速いであろうミルドの斬突も、まったく当らない。

「くそッ！」

　ギルガの頭には確かに打開策が浮かびつつあるのだが、それを実行するきっかけも余裕も無かった。

苛立ちだけが募り、疲労だけが増して行く。

　勿論、ギルガ達もただ単調に攻撃を続けている訳では無かった。考え付く限りの連携も、できる限り

の攻撃パターンも全て試したのだが、まるで効果が無かった。全て予知されているように、容易く見切

られ、その度に虚しく負傷者だけが増えていく。

「ぐわああああッ！？？」

　また一人オーディンの槍に貫かれた。口から血を零しながら、放心して倒れていく。

　もう床には血の流れていない個所など微塵も無く、凄惨に紅く染まっている。

　そしてそれ以上にオーディンの目は紅い。震えがくる程に。

「ミルド、同時に仕掛けるぞ！！」

「はいッ！！」

　ギルガとミルドがオーディンに突進する。

　そして直前でギルガが飛翔し、上下から同時に鋭い斬撃を振るった。

「愚かしい、猿知恵よ！」

　しかしその攻撃も、立てられたオーディンの槍に虚しく防がれ。

「フハハハハハ！」

　一閃の下に弾き飛ばされてしまった。

「あうッ！」

「大丈夫か、ミルド」

　何とか受身を取ったギルガが立ち上がる。しかしミルドは前戦のダメージも響いているのか、容易に

動けない様子だ。

「しばらくじっとしてろ」

「でも！」

　ミルドが不安そうに見詰めている。しかしギルガは片手でそれを制し。

「わしに少し考えがある。今なら、あの野郎が余裕ぶってる今なら出来る」

　そしてオーディンを睨み付けた。オーディンは人間をいたぶる間に気が晴れたのか、例の嘲笑を浮か

べ余裕で人間達を見ていた。

　ギルガの長刀の刀身が、それを弾き返すかのようにゆらゆらと輝く。

「まだ無駄な抵抗を続けるか、人間め」

「うるせえ！出来そこないのおもちゃ風情が、ガタガタ言うんじゃねえ！！」

「無礼者めがッ！！」

　再び瞳に燃えるような怒りを灯しつつ、オーディンが咆哮を上げる。

「つあああッ！！」

　間髪入れずギルガが跳ぶように駆ける。そして渾身を込めた一撃を、真正面から叩きつけるように振

るった。

「無駄だとまだ解らんか！」

　オーディンが間合いを見切って、ぎりぎり届かない距離まで僅かに下がり、そして槍を持つ手に力を

込めた。人間を笑い、嘲る。

「奴の喉笛を掻っ斬れ、鬼斬丸！！」

　ギルガは心底から念じた。伸びろ！届け！と。

　するとそれに応えるように刀身に纏った光が刃となり、すっと僅かに伸びてオーディンの喉を鋭く切

裂いた。

「なんだとッ！？グワアアアアッ！！！？？？」

　赤黒い血飛沫が舞う。

「そ、そんな馬鹿な事がッ！！こんな事がある訳が無いッッッ！！！！！！」

　オーディンは絶叫を上げてよろめく。その拍子に喉から間欠泉のように血が吹き上がった。そして空

中を掻き毟るようにして、後ろに積まれた機械に凭れ掛り、ぐったりと倒れ込む。ゆっくりと手から零

れ落ちた槍が地面に触れる前にふっと消えて無くなった。

「ありえぬ・・ありえぬ・・・」

　オーディンは放心したように薄く呟き続けている。絶対的なものを打ち破られたと言う精神的ダメー

ジの方が大きいのだろう。

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