捕らわれのユリカゴ

マニュアルキメラ

　崩れ落ちるように放心し続けているオーディン。目は虚ろで、ブツブツと何やら呟く声だけが低く響

いている。

　ギルガはそれでも油断無く警戒しながら、隊員達を診て回った。

　１０人居た精鋭もほぼ壊滅してしまっている。生き残ったミルド以下三名も傷だらけで、戦力とする

には少し厳しいかも知れない。とにかく息のある者には手早く応急処置をする。

「くうッ」

　ゆらりとミルドが立ち上がった。彼女だけは何とか立ち上がれる気力が残っているようだ。そして油

断無く身構える。

「ギルガさん、倒したのですか？」

「いや、まだ生きがあるようだ。放っておけば死ぬ、油断して近付くなよ」

「はい。でも凄いですね、あんなに強いキメラを・・」

　ミルドはにっこりと微笑む。誰かが気持ちよく笑うのを見たのはしばらくぶりな気がする。

「別に大した事をやった訳ではないさ。ただ、あいつの訳知り顔が気にいらねえから、あいつの予想出

来ない事を見せてやったんだ。不測の事態と言うのには弱かったみてえだな」

　そう言いながらギルガは黙々と処置を続ける。隊員達の傷は浅くない。すぐにでも連れ帰って、治療

を受けさせたい所だが・・・。

「ミルド、お前も休んでろ」

　そう言って、常に携帯している包帯を彼女へと投げ渡す。

「でも・・・」

　しかしミルドは包帯を受け取りつつも、視線を別の所へと彷徨わせていた。

「ああ、解っている」

　ギルガもそちらを向く。丁度オーディンの凭れ掛った場所、そこに彼が居る。眠ったように静かにそ

こに浮かんだままで。

　彼、ロンは激戦の最中でも何の身動きもしなかったように思う。眠っているとしても、普通の眠りで

はあるまい。

「・・・・馬鹿な・・・ありえぬ・・・」

　オーディンは相変わらず何やらしつこく呟いている。首から流れ出る液体を止めようともしない。

「おい！小僧をどうやって目覚めさせれば良い！」

　ギルガが怒鳴るように言葉をぶつけてみても、何の反応も返って来ない。

「ちッ、役立たずがッ！！」

　長刀を振りかざし。

「つあああああッ！！」

　一閃、オーディンの首が弾け飛ぶように見事に両断された。生首は放心した表情のまま高く舞い上が

り、機械の上にポトリと虚しく落ちた。

　オーディンの手に持つ槍も薄く消え去り、身体もぶくぶくと泡を立てて熔けて行く。

「こうなってみれば呆気ないもんだ」

「ギルガさん・・・」

　ミルドは落ち着かない様子で変わらず一点を見詰めていた。

「取り合えず、あのコンピューターをいじって見るしかあるまい。お前は確か得意だったな、こういう

のが」

「はい、アリアには及びませんけど。何とかやってみます」

　ミルドはこの研究室に入った時、オーディンが向かっていたモニターに向かう。そして暫く何やら操

作していたが、やがて溜息と共にギルガに向き直った。

「駄目です・・複雑過ぎて私一人では・・・」

「くそう、時間も無えってのに」

　今もこの施設内ではリック達がキメラと激戦を繰り広げているはずだった。早くミドガルズオルムと

この研究室を破壊しなければ、リック達の疲労もそろそろ限界に達し始めている事だろう。

「アリアとの通信は？」

「いや、無理だ。一度外に出ないと使えねえからな」

「・・そうですか」

　それでもミルドは懸命にキーボードを操作し始めた。ギルガは自分の隊員に諦める事は教えていない。

「なにか・・・なにか無いか・・・」

　そしてギルガ自身も具に室内を観察し始めた。何か見落としている事は、ヒントは無いかと。時間は

無い。だが、諦める訳にもいかない。何しろ、すべてはこの水槽内に眠っている青年に掛かっているの

だから。

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