2-1.ホルマル連解


 大いなる疾風の鬚(ひげ)招きこと、一番星見付ければ来期の運勢も期待出来る男ホルマル、ホルムン

マルクス三世は病床に臥しておられた。

 宿敵、鋼の巨竜ことマムボムマンベア、またの名を下男マムボム、の炎に焼かれ、その麗しいおみ足に

酷い火傷を負ってしまわれたのである。

 幸いコビット一の名医の手により、その命は助けられたものの、痛みまでは消し去る事は出来ず。ホル

マルは苦しみ続け、結局は高熱を出して寝込んでしまわれる事となってしまった。

 もしかすれば、マムボムマンベアの僕である性悪の悪霊達が、その体内へ入り込んでしまっているのか

もしれない。何故ならば、下男は綺麗好きとは程遠い性格だからである。

 この悪霊達はコビットの昔からの仇であり、全てにおいてコビットを苛(さいな)んできた。それはも

うポストが赤いのも電信柱が高いのも、コビットが低いのも、ホルマルが馬鹿みたいにやけに鬚を生やし

ているのも、全てはこの悪霊達の仕業なのだ。

 決してこじつけているのではない。何かのせいにでもしていないと、ただ自分が間抜けなせいなのだと

認めるような事は、口が裂けても言いたくないのである。

 コビットは誇り高く、忍耐心に富む。解っていても口にしない、これもまたコビットである。

 まあ、それはそれとして。

 ホルマルの症状は、後はもう彼の生命力如何によって助かるか助からないかが決まる、とても難しい所

まで悪化していた。いくら気の利かない下男でも、流石に放って置く訳にはいかないくらい、解りやすく

苦しんでおられるのである。

 これほどに解りやすいのは、先日ホルマルが飯屋で食された残り物が何故美味かったか、それはホルマ

ルが飢えていたからで、それ以前にホルマルがそんな細かな味覚など初めから持ち合わせておられない。

という一件以来であろう。

 ホルマルは大きく、そのような些事に囚われるような、そんな小さなコビットではないのだ。むしろデ

カビットとお呼びしても良いくらいであると、巷では専らの評判であるという噂を聞いたような覚えがあ

るような気がする。

 故に、味覚などには拘られない。

 しかし正に小ビットである下男では、それに囚われるしかない。

 こうして愚かな下男にも事の重大さが何とか伝わり。彼は無い頭を必死に使った挙句、コビットからは

大婆と呼ばれている、亜法使いのババを呼ぶ事に決め、すぐさま彼女を迎えに行く事とした。

 それはもう速く、ババ宅までの距離が10mも無い事を差し引いても、コビット陸上大会297m走で

第一位を取れるくらいであったと思われる。

 勿論そんな中途半端な公式競技があるはずもなく。思いつきで開き、たった一人で走ったならば、とい

う限定マーク付きの例えではあったけれども、確かに一位になれただろう。

 ともかく下男は早歩きには或いは及ぶかもしれない全力の速度で、途中確かに道を間違え、後にたっぷ

り小一時間程まったりと悩んだ末に、驚異的な早さでババを連れてきた。

 ババはコビット助けが日課のような出来た人物であるからには、例えホルマルの財産をかっきり半分は

いただくという破格の条件でさえ、嫌な顔せずに呑んでくれたのである。真に立派な方であらせられる。

 ここは彼女に敬意を表し、ババサモとお呼びしたい。

 まあ様でも良いのだが、ババ様ではやはり仰々しく、されどもサだけはどうしても譲れない所。そして

確かにマ行である事は優先しておきたい。そういう諸々の事情と敬意を含め、彼女にはババサモの軽称を

お譲りしたいと思う。

 本来ババサモとは偉大なるサーモンにのみ与えられ。ババ、つまりは幅のある大きなサーモンに贈られ

る名誉ある名。ここで間違えてはならないのは、サモはサモでも、サボテン科のサモテンのサモではない

と云う事である。脂ぎったサーモンのサモであるからには、そこだけは間違えてはならない。

 どう考えてもサモテンのサモでは締まらないからである。そこだけは御注意願いたい。ただサモテンは

食用に無理矢理コビットがしただけに、酷く不味い事で民衆に馴染みのある植物である。ドクダミ色した

その美しい色彩だけは、ババサモのイメージとして、いただいても良いかもしれない。

 そこでババサモとは、ドクダミ色したぶとっちょ脂身、という意味合いを持たせ、二つのサモを加味し

た素晴らしき名称とさせたいと思う。

 これこそババに相応しい刑称である。

 おっとこんな懇切丁寧な説明をしている間にも、刻々とホルマルは悪化しておられるようだ。一刻も早

く手当てをして差し上げなければ、すでに取り返しの付かない上に、更に取り返しが付かなくなってしま

うだろう。

 ようするに取り返し二倍であり、二倍を凌ぐには三倍以上が相応しいからには、やっぱり早く治療に取

り掛からなければならない。でなければ余計な手間が増えてしまうのではなかろうか。

 だがババサモは様々な病気を悪化させ続けてきた、悪名高い亜法の大家。こういう切羽詰った状態にも

慌てる事はなく、あくまでも堂々としておられた。

 まるで寝惚けているかのように、或いはこうして黙って診ている事こそが、一番楽に病状を悪化させる

手段だとでも言わんばかりに。

「ババサモ様ぁ、昼寝の時間はもう終わりましたがね。そろそろ起きて診てくだされ。そっただことして

いると、こっちまで眠くなってしまいますじゃあ」

「おお、そうかえ。でもなあ、眠って起きた後にまた寝る。これが一番好きな事ぞなもし。これが気持ち

良いぞな」

「でもいまぁなるべく旦那様を早く診てやって下せえ。いざとなったら財産を二人でぶんどっちまえば良

いけども、なるべく出来る限りの事はやったように見せなきゃあなんねえです」

「解った、解った。めんどいのう」

 ババサモはゆっくりとホルマルに近付き、おもむろにその目蓋を掴むと、ぐいっと広げ、その雄々しき

目玉を大いに引き出された。

 引ん剥かれた目玉は、目玉は目玉だと言わんばかりに、これみよがしに黒目と白目の部分がはっきりと

し、実に様々な色彩を帯びた色をされていた。

 それは血管の色やその他諸々の色であった事に間違いない。

 そしてこれにより、ホルマルも昔は黒い毛であられた事もまたはっきりした。いや、とみせかけておい

て、実はこげ茶であるとか、濃い灰色であったとかいう可能性も否定できないが、今となってはどうしよ

うもない。ホルマルは見事に白くなられておられる。

 今となっては白いホルマルである。

「これは・・・・これは・・・」

 ババサモは大いに驚かれ、思わず二、三歩小気味良く後退りされた。

 それを見て下男も大いに慌てる。何故ならそれは今年流行のステップだったからだ。ババサモも油断な

らんじゃと、恥知らずも舞踏家であった下男は思ったのだと考えられる。でなければ、その視線がババサ

モの足に注がれる事などは、決してなかっただろう。

 むしろそれは金を貰っても、見たくない足であると言えた。

「何てふざけた目ん玉ぞなもし。ああ、もうわしゃあ楊枝で突きたくてたまらんぞな。たまらんぞな」

「ババサモ様、そっだら事すりゃあ、罰金に取られてしまいますじゃあ。おらの取り分が減ったら、例え

ババサモ様でも許さないだよ」

「そんな事言っても、わしゃあこんなに憎たらしい目を見たのは、忘れもしない四十五年と二ヶ月前。こ

のホルマルを初めて見ただか、もう何百回も見ていたのだか、そういう曖昧な時間と距離感を感じていた、

あの頃以来ぞな。もう辛抱たまらんというやつぞなもし」

「いけないだ、いけないですだあ!」

 荒れ狂うババサモを必死で抑える下男。

 しかしコビット下男振り解き選手権、中央地区準参加賞を受賞されているババサモにかかっては、まる

で子供でもあしらうかのようで、瞬く間に下男は自分で足をもつれさせて転ぶ破目となってしまった。

「わしを止められるのは、この腰痛だけぞなぁぁぁっぁぁぁっぁぁああああっ!!!」

 何たる事だろう、もう楊枝も面倒とばかり、ババサモの拳が雄々しく宙に舞い。素晴らしき勢いで振り

下ろされてしまったではないか。

 その先には勿論ホルマルの鼻がおわす。正確に言うならば、鼻の穴がそこにあられた。

 そしてババサモの拳は見事にホルマルの鼻の穴に収まり、まるでその為に作られたかのようにぴったり

とその穴を塞いでしまったのである。

「げふぉげふぉげふぇっくしょいッ・・・・!?」

 ホルマルは突然の激痛に驚き、往時の力を取り戻したかの如き、実に小さくまごまごした口調で周囲に

異変を伝えられたが。ああ、何と云う事だろう。それを聞くべき下男はまだもつれさせたままの足をさす

り、まるで他の事には関心が無い。

「コビット神よ、その御心のままに、この鼻を、むしろこのでっかく空いた間抜けな穴を、ものの見事に

閉じさせたまえーーーーぞなもしーーーー!!」

 ババサモはぴったりと塞がった拳を回転し始め、柔軟体操でもするかのようにその回転に合わせて体も

回転させ、それはもう見事なくらいにのろのろと拳を回転させた。

 拳が回転する度に、ただでさえ広く大きな鼻の穴が、ますます横へ縦へと広がっていく。

 これでは間違えて鼻の穴で食事をしてしまうかもしれない。これは危険である。

 しかし流石はババサモ。即ちババサーモンフライ・モンブラン。

「これで来月までには治るぞな。でなければそれはもう寿命であったという事ぞなもし。流石のわしも寿

命だけはどうする事もできぬ。なるべく鼻の穴を乾燥させないようにしなされ」

 これら一連の出来事も、全てが病気快復の呪いの一環であられたとは。これでホルマルも元気になられ

るであろう。見よ、もう効いたらしく、その体をぶるぶると震わせておられるではないか。これは決して

熱が高まった訳でも、体を蝕んでいる怖ろしい痛みが増した訳でもなく。確かに体を動かす元気が出てき

ている証である。

 こうしてホルマルは無事治療を終えられ、下男も自らの足を知恵の輪と化して、一時の愉しみを味わっ

たのであった。




BACKEXITNEXT