3-5.伝道師ホルマール


 ホルマルは伝道師ホルマールと名を改められた。これは名の間に一を挟む事により、ただ一柱の神、ハ

レイヨ神のみを信仰し、クモリにもアメにも組しないという誓いの証であらせられる。

 この一を目にしては、流石のクモリイヨもアメイヨも手が出せないであろう。神もコビットが望まない

限り、自分を信仰させる事は出来ないのだ。

 しかし残念な事に手頃な杖が見付からない。これでは折角の一も効力が薄くなってしまう。ハレイヨ神

も選りに選っておられるのか、なかなかホルマールに相応しき杖を授けられないのである。

 ハレイヨ神も万能ではなく、ただこの晴れ渡る空を表現するだけのお方であるからには、杖などという

木物質を生み出す事は不可能。植物を育むのは太陽の仕事であって、晴れだけではどうにもこうにもでき

ないのである。

 晴れと太陽が近しいような気がするとはいえ、やはり別物なのだ。何せ晴れようと曇ろうと、雨が降ろ

うと、太陽は変わりなく遥か天から照らし続ける。

 だからハレイヨ神とはいえ、わざわざ地上にある物の中から、杖に相応しき木かそれに似たものを探さ

なければならない。つまりはハレイヨ神の地上の現神であるホルマールが探さなければならないのであら

せられる。

 だがホルマールの視力は非常に衰えておられた。一寸先はホルマールという諺があるように、ホルマー

ルの目はいくらも先を見通せない。その代りに極近くであれば詳細に見る事が出来、先はない代りに今は

ある。つまりは未来を神に捧げた伝道師、という本分に辿り着くのであらせられる。

 これこそが伝道師の伝道師たる所以。まさにホルマールこそ、生粋の伝道師であられる。

「ふうむ、困ったぞわ。杖が無い事には何も出来ん。こうなれば森に行くしかあるまいて」

 ホルマールは仕方なく、一路森へと足を向けられた。勿論村の外は四方八方森であるからには、一路も

何も無いのであるが、そこは気分次第というやつであらせられる。ホルマールは何よりもその時の気分を

大事にされるお方なのであられる。

 そうしてみすぼらしくも気高い姿のまま村中を堂々と歩いてお行かれになると、何故だかホルマールの

後ろに嬉々として付き従うビット達が現れた。

 初めは子供だけだったのが、いつの間にか老ビットも加わり、次第に大ビット達まで加わって、さなが

ら民族大移動、お祭騒ぎの大行進である。

 しかし耳も遥かに遠いホルマールにあらせられては、そんな事にはついぞ気付かれない。何も知らず、

何も感じず、ただ一方向にだけ歩いてイカレル。

 その事がまた追従者達を活気付かせ、そのビット数を益々増やし、際限なく膨らませていく・・・よう

に見せかけて、実はそんなに多くない。そこもまた気分である。

 何しろ暇ビットはそんなに多くはないのだ。コビット達も色々と忙しい。こんな昼日中に杖を探してい

るような暇ビットは、ホルマルくらいなものだろう。

 その証拠に飽きてきた者から一ビット、二ビットと列を離れ、ヒィヒィ言いながら付いてきていた老ビ

ット達も次々と脱落し、森の入り口に到着する頃には、何もなかったように綺麗さっぱり追従者の姿は消

えていた。

 ホルマールに神威を感じたのではなく、ただの暇潰しか見物の為に付いて行っていたのだが、ホルマー

ルが何もされないのでがっかりして帰った、というのが真相であるようだ。

 ホルマールを大道芸人か何かだと思ったらしい。確かに堂々とした乞食然であるホルマールの今のお姿

は、そのようにも見受けられる、ような気がする、ような気がしない事もない事もない事もない、ような

気がしない事もない。

 とにかくホルマールは森に着かれ、その入り口付近にて、切り株へと腰を下ろされたのであった。

 疲れたのであらせられる。



 森は澄んでいる。しかしコビット村はくすんでいる。コビット、いや動物の多過ぎる場所はどうしても

汚れてしまう。それが悪いとは言わないが、多過ぎれば植物の浄化作用だけでは賄いきれない。バランス

が崩れてしまう。

 こうして動物圏と植物圏の狭間に居ると、その事が良く解る。この切れ目、森と村の切れ目、で空気が

全く変わっているのだ。

 目に見えてではないが、確かに感覚としてそれを受け取る事が出来る。ただそこに居るだけで、確かな

違いを感じるのである。

 そんな事を無い頭で考えていると、脳の容量不足の為なのかホルマールはすぐにうとうととされ、暫し

の眠りへと誘われた。



 ホルマールは夢を見る。遥かな昔の夢、雄々しき戦場の夢、腹立たしき下男の夢、そして憎きハレイヨ

の夢。そもそも家を出たあの時に、愚かなハレイヨなどという挨拶をされなければ、ホルマールは今もの

んびり暮せていたのだ。

 正しくハレイヨこそが元凶、愚かな教え。町にかぶれた愚かな若者達、その心にこそハレイヨが居る。

 だとすればホルマールが正さなければならない。ホルマールがコビットの威信を取り戻さなければなら

ない。最早この世に正しきはホルマールだけなのである。

 ハレイヨを討たなければならない。そもそもこの訳の解らないイヨこそが元凶なのではなかったか。

「しもうたわ!」

 ホルマールはようやく全ての真実を取り戻された。

 そう、ホルマールこそ、全てのイヨを滅ぼすべく使わされた、コビット神の戦死だったのだ。



 騙されていた。危うくハレイヨの手に落ちる所であらせられた。ホルマールもコビットの子といった所

か、もしくは流石はイヨといった所か。ともかくも危うい所でホルマールはホルマルへと還られたのであ

られる。

 あのハレイヨから全てが始まり、全てのイヨを滅ぼすべく戦っていたのに、いつの間にかおかしな事に

なって、ハレイヨの伝道師になるという返り討ちにも似た状態にされておられた。

 これがハレイヨの魔力だとすれば、他のコビット達がその魔力に取り込まれてしまったのにも納得がい

く。何せホルマルでさえこうなのだから、凡ビットなどは一溜まりもないだろう。

 ハレイヨ一柱でさえこうなのだから、クモリイヨとアメイヨが加われば、どんなに怖ろしい事になるだ

ろうか。ましてやハレトキドキアメイヨなどが出てくると、もう干して良いものか洗うべきかも解らない。

トキドキ勢はまだこの村にまで到達してないから良いものの、今のままでは思う様蹂躙(じゅうりん)さ

れ、コビット達の幸せも露と消えてしまう。

 ホルマルは長老として、それだけは防がなければならない。

 しかしそこでホルマルははっと気付かれる。

「しもうた。髭がないわい!」

 そう、コビット長老の証でもあるあのふさふさと気味が悪く悪趣味でご立派なお髭が、今のホルマルに

はつるりと無いのであられる。

 流石のホルマルとて、髭がなくては長老とは名乗れない。そして長老でなければ、いつぞやのように議

会場に堂々と押し入る事が出来ない。

 長老たる資格がなければ、ホルマルとて議員達の権威に抗えないのであらせられる。ホルマルは規律を

守られるが為に、それを破られる事は決して無いのだから。

 前はそのご立派なみすぼらしい髭を証として自由に出入りする事も出来たのだが、今となってはその証

も資格もあられない。

 この頭に被る聖なる鍋と、身にまとう聖なるボロ布が、果たしてその証の代りになるだろうか。

 いや、なりはしない。

 やはり杖が要る。鍋、ボロ布、杖。この三点セットがあって初めて、それなりの威厳のような誤魔化し

を発する事が出来る。三つでなければならない。通販番組のように、必ず何点セットかでなければならな

いのである。それが世の心理というものだ。

 やはり杖だ。杖が必要だ。

 そして杖と言えば木、木と言えば森。森へ行けば何となくそれっぽい物があるだろう。確かにある筈だ。

あってもらわなければ困る。

 そこでホルマルは、颯爽と森へ踏み入れられた。



 森には清浄の気が満ちている。しかしそれは正常とはまた違う状であるからして、その浄を常する事は

不可能であった。

 確かに浄が常すればこれほど良い事は無いとしても、基本的に状が違うからには、同じ状にはなれない。

 しかしハレイヨの呪縛から解き放たれられた今のホルマルなら、そのような状ですら覆せられる。何し

ろホルマルには他者の考える何事も通ぜられない。

 それが正常であれ、異常であれ、もしくは以上であったとしても、ホルマルには何らの効果も発揮する

事は出来ない。何故ならホルマルそのものが異であって、そこに正常だろうと異常だろうと、どちらが合

わさっても所詮は異なのである。

 混在するから異だとすれば、何が加わっても異は異なのである。

 数学のようにマイナスとマイナスでプラスとか、そのような不可思議な現象、もしくは減少は起きない

のである。これはまず間違いの無い事だ。そうに違いない。

 ホルマルはいつも通りちょっぴり小粋なステップを踏み、鼻歌ならぬ耳歌を奏でながらも、若干不機嫌

そうなそれでいていつも通りであるというほんのり重々しき雰囲気で歩かれてイカレル。

 この調子であれば、杖を見付けるのも時間の問題だろう。



 杖などを見付けるのは、簡単であると思われていた。しかし意外と言うべきか、いつも通りと言うべき

なのか。それは非常に困難であったのである。

 何故なら森でのホルマルを描くのは二度目であり、もう一々列挙する必要もなく、同じような事をして、

同じように遭難され、同じように救助される破目になられたのだから。

 ホルマルは完全であられるが為に、何も学ばれない。

 完全であられるが為に、学ぶ事を必要とされない。

 だからこそ同じ事をすれば、同じ結果に終わり、未来永劫それを繰り返されるのであられる。

 ただ違いがあるとすれば、杖とは程遠い、丸太のような太い木を、その腕に抱えておられた事であろう

か。どうやらホルマルの本能が、一握りの意外性を生み出されたらしい。或いは単なる偶然だろうか。

 何にしても、そこまでして杖を欲せられたのか、それともたまたま側にあったので抱き枕代わりにされ

たのか、それは誰にも解らない事である。

 ともあれ、こうしてホルマルは三種の神器を無事揃えられた。

 議会場へ乗り込み、全てのイヨを滅ぼされる資格は、充分に揃われたのであられる。




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