4-2.真理の探究


 ホルマルは一通り論説をぶちまけられた後、改めて盗人屋敷を眺め見られた。

 やはり大きい。とても大きい。この家にホルマル宅を一体何個分詰め込む事が出来るだろうか。こんな

ものにしか住めないとすれば、さぞかし巨大なコビットであるに違いない。となれば、巨大なのにコビッ

トという矛盾、その答えを導く、いや矛盾も実は矛盾ではないのだという教えを、体現している可能性も

ある。実に興味深い。

 ホルマルは意気揚々と盗人屋敷へ踏み入られた。

 しかしそこは盗人屋敷、見張り番が入り口に構え、小汚い格好のままのホルマルを胡散臭く思いながら、

油断なく見据えている。ホルマルが隙を見せられようものなら一息にやってしまうぞ、という構えである。

その乱暴さは確かに盗人屋敷の門番に相応しい。

 ホルマルは構わず通り抜けられようとされたが、門番は許さなかった。

「何か恵んで欲しいのなら、裏へ回れ!」

 ホルマルの前に立ち、居丈高に怒鳴る。

 それでもホルマルが進もうとされると。

「いい加減にしろ! 薄汚い乞食がッ!」

 その分厚い拳骨で門番が殴りかかってきた。その痛さといったら、豆腐の角に小指をぶつける一万倍は

痛い程であったが、ホルマルの頭に嵌ったままの鍋がその身を盾にして、拳骨から守ってくれた。

 しかしその代償として鍋は真っ二つに裂けてしまい、憐れな音を立てて地面を転がり、ホルマルは永い

呪縛から解き放たれられたように、今再び自分の使命を思い出されたのであられる。

「ああ、ああ、そうじゃ、そうじゃった。わしは、わしは・・・」

「とっとと失せろい!」

 しかし門番の止めの一撃によって再び尊い記憶は失われ、ホルマルはその場に昏倒されてしまい、その

上家の外まで放り出されてしまわれた。

 歴戦の勇士たるホルマルであっても、丸太の倍も太いだろう門番の腕っ節からは、とても逃れられなか

ったのであらせられる。これが丸太の五割増しかせめて八割増しくらいであったならば、何とか防げたか

もしれないが。流石に鍋を殴り割るような力の前では、ホルマルも屈するしかない。

 老いさらばえたホルマルでは、どうしても腕力で対抗出来ない事が多くなっておられる。悲しい事だが、

これも老いという自然の定めであるからには、いつまでも力にばかり頼るのではないという、ありがたい

コビット神のお教えなのであろう。

 さて、こうして放り出され、後は朽ちていかれるのみであったホルマルだが、やはりコビット神はお見

捨てになられず、一人のコビットをお使わしになられた。我々としてはお見捨てになれた方が、いっそす

っきりしたのだが。コビット神からされれば、ホルマル以上に興味深い観測対象は他にないのだろう。

 具体的に言うなら、殴り飛ばされてしまったホルマルに同情したのか、自分よりみすぼらしい存在を始

めて見たからか、丁度この屋敷に物乞いに行こうとしていた乞食の一人がホルマルを見付け、介抱し、自

分の住処まで連れて帰ってしまったのである。

 気の良い乞食は大事な毛布をホルマルに貸してやり、わざわざ水を汲んできて布を湿らせてホルマルの

額に置き、別の布でホルマルの汗を拭ってやった。実に甲斐甲斐しく世話をしたのは、いつも貰う側のコ

ビットである乞食にとって、珍しい経験であったに違いない。

「やれやれ、最近の乞食はなっちゃいねえ。これで何ビット目だか。あの門番に殴り飛ばされた新入りは

数知れねえや」

 乞食は手馴れた手つきで布を変え、ホルマルを介抱する。

「おかげで門番の機嫌が悪くなり、こっちの商売もあがったりってなもんさ。金持ちに喧嘩売るなんざあ

馬鹿のやる事。金持ちなんておだててしこたま貢がせりゃあそれで良いのさ。おだてりゃ気持ちよく金出

すんだから、こっちもウハウハ、あっちもウハウハ、まさに万々歳ってもんよ。それをお前みてえなのが

邪魔すんだから、ほんとに困っちまう」

 乞食は更に小言を続けるが、勿論ホルマルは昏倒したままである。いつも独りで居る事が多い為、ホル

マル同様独り言の数が増えてしまっているのだろう。或いは言葉というものは本来独り言であり、誰かか

ら返答を気にするモノではないとすら、考えているのかも知れない。

 だとすればホルマルと乞食の間には不思議な共通点があり、そこに僅かながらの親しみを感じる事が出

来ても、おかしくはない。

「でもお前のこの姿には驚くぜ。流石の俺もここまでみっともねえ格好はできねえ。乞食にも誇りっても

んがあるが、そんなもんすらねえお前こそが、本当の乞食かもしれねえな。最近の乞食はなってねえが、

お前のその捨て身の心意気だけは認めてやるぜ。全く、大したもんだ。本当に汚ねえ格好だよ、お前は」

 三種の神器の内、鍋も杖もすでに失われてしまわれたが、聖なる衣だけはその輝きと臭いを薄れさせて

いない。その神々しき輝きは、荒んだ乞食の心にすら、訴えかけるモノがあったのだろう。聖者とはある

意味真なる乞食であり、何も持たぬという意味での乞食であるからには、確かにホルマルに相応しい姿で

あらせられるのかもしれない。

 そしてホルマルに相応しい姿であるからには、そこに憐れみや同情を深く抱くのは、当然の事である。

 この世にホルマル以上に憐れな存在はなく、コビット神を笑わせ、その心を慰める程度の価値しかない

存在であるからには、今こそがもっともホルマルらしい瞬間であり、お姿であらせられる。

 この世の真理は知らないが、ホルマルの真理は誰にでも解る。

 そうしてその真理こそが、乞食の心をも蕩(とろ)かせたのであるとすれば、ホルマルの偉大さは正に

今ここに証明されたと云えるのだ。

 これこそがホルマルの真理にして、究極の真実であらせられよう。



 一昼夜経ち、更に日が高く昇った頃、ようやくホルマルは目覚められた。

「おお、もう朝か」

 むくりと起き上がられ、両手をばしばしと床に叩き付けられる。

 これは違和感を確かめようとする無意識の行動であられ、自分が今何処におられるか、そして何をして

おられるのかを確認される作業なのであらせられる。流石のホルマルもいつもの寝台とは違う背中の硬さ

に、違和感を持たれておられるのだ。

「おお、この手触り、ばしばし感、正しく我が家。やはり我が家が一番じゃわい」

 しかし安心したホルマルが辺りを見回されると、確かにホルマル宅に似ては居る汚さとボロさではあっ

たが、若干色々な物が豪華であるようにも感じられてこられた。

 だがそれも少し考えると容易に答えが浮かばれる。

「そうだったわい。そういえば模様替えをしたんじゃった」

 そう、ホルマルはうっかりされておられた。部屋の模様替えをし、気分一新されたのは、ごく最近の事

である。そうであるからには、見間違えられても全くおかしくはない。模様替えをすると、まるで違う部

屋であるかのように錯覚してしまうものであり、それが今の違和感であられたのである。

 だからそれは当然感じるべき違和感であって、それを感じられないのであれば、それは模様替え分が足

りないという事になる。栄養素はまんべんなく吸収せねばならぬのだから、足りない分は何かで補うなり、

もう少し摂取しなければならない。

 ホルマルの感じられた違和感は、適度に模様替え分を摂取されたという、健康の証なのであられる。

「ああ、起きたのかい。よっぽど効いたんだろうな。あの門番に本気で殴られた日にゃあ、たまったもん

じゃあないからなあ」

 乞食が帰ってきた。手に様々な物を持っているので、おそらく一仕事してきたのだろう。

 まったく乞食というものは、人通りさえあれば事足りるのであるから、良い商売である。何処に居ても

おかしくなく、場所もとらない。使うのは憐れな声だけ、誠に便が良い。

「む、お主は何者じゃい」

 ホルマルはしかしこの乞食に対し、平常のコビットが感じるのとは違う、大いなる危機感を感じられた。

 何しろ我が家に堂々と入ってくるのだ。もしかしたら下男かも知れないとも思われたのだが、下男がこ

のように上等な衣服を着ている訳も、その手に様々な物を持っている訳もない。

 シタオトコに給料や配給などという概念は無いからして、そんな存在が何かを持っていると云う事は、

まずありえない事なのだ。

 という事は、この乞食は何者だろう。お客さんという可能性も考えられるが、さりとてお客さんがこの

ように遠慮無しに入ってくるだろうか。

 確かに世の中には無礼千万生きているだけで恥ずかしいホルマルのようなコビットも居るには居るが、

他ビットの家にずかずか上がり込んで、勝手に火を焚いて鍋などを用意し、何かしら料理のような物を作

るような客が居るだろうか。

 いやそんな客は居ない。考えられるとすれば・・・。

「そうか、わかったぞい!」

「いきなり大声出したら、吃驚するじゃねえか」

 そもそも何故模様替えをしたのかを思い出せば、謎が全て解ける。

 起きた時に感じた違和感、そして当然のように上がり込む侵入者、そしてここ最近の不穏な気配、それ

らから導き出される答えは一つしかない。

「ううぬ、ここであったが二日か三日目! わしが模様替えをしたと知り、早速きおったかこの盗人め!

神妙にするが良い。このわし自ら召し捕ってくれるわ!」

 ホルマルは雄叫びを大いに挙げられ、その勢いを借りて乞食へと突進された。例え鍋無しといえども、

ホルマルには生来の石頭があられる。この石頭から繰り出される頭突きを喰らえば、意外にいつも良い物

を食べている乞食であっても、一撃の下に粉砕されるのは自明の理であった。

「わッ、この馬鹿がッ!」

 乞食は慌てて横へ避ける。すると当然のように後には焚かれた火と、ぐつぐつ煮えたぎる鍋が待ち構え

ていた。そしてホルマルはそのままその鍋火へと突進されてイカレル。

「わちゃちゃちゃちゃ!!?」

 乾いたボロ布は勢い良く燃え上がり、鍋の中の物は鍋と共にホルマルに降り注ぎ、ホルマルは堪らずそ

のまま外へと駆け出されてしまわれた。

 この熱さから逃れる為には、我を忘れて走られるしかない。もし一瞬でも止まってしまえばランナーズ

ハイ効果は失せ、感じるべき熱さと痛さを思い出されてしまわれるであろう。

 ホルマルは決して止まれぬ走者として、その運命を全うされる事になられたのである。

 盗人を撃退された代償は余りにも大きなものであられた。

 だがそれもコビット神のお導きかもしれない。ホルマルの熱き、大いなる魂は、その身を焦がし、そし

てその心を滾(たぎ)らせるに充分であり。こうして走り回りでもしなければ、とても抑えきれるもので

はないのだから。

 炎の走者となる事は、ホルマルが生まれ出でた時より定められた、運命というものであられたのかもし

れない。




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