5-2.風来爺ホルマル


 行けども行けども飯屋が見付からない。ホルマルがその非常に悪い視力を駆使されて尚、一軒の飯屋も

見付からない。進めば進む程辺りは寂れていき、まるでホルマルが狙ってそうされておられるかのように、

見事に人気のない方へ、人気のない方へと歩まれておられる。

 これでは折角の新ステップも披露(ひろう)できず、苦労も水の泡であられる。

「ずんずんずんずんずんずんずんずん、ずんずんずんずんずんずんずんずん」

 仕方なく新たなリズムを刻みながら進んで行かれたのだが、全くビットに会えず、とうとう一日さまよ

っているのに一ビットにも出会わないという事態にまで陥られた。

 これはいかん、と思われたかどうかは知らないが。とにかくホルマルは非常に腹を減らしておられる。

まるで飢えた珍獣の如く、その愚かしい姿を晒しておられる。

 その息は荒く、常に鼻をくんかくんかと少しでも味気のある匂いを嗅ごうと躍起(やっき)になられて

おられ、その上木々に果実がなっていたとしても、あくまでもそれらは無視される。

 今のホルマルにとっては飯屋で食うという事に意味があられるのであって、最早この空腹が満たされる

だけでは我慢ならないのであらせられる。コビットが一度決めた事であるからには、これは決して譲れな

い道であり、だからこそ飯屋以外は受け付けられない。もし飯屋以外で食べてしまわれれば、アレルギー

症状を起こされてしまわれるだろう。

 ホルマルは果実や草花など一切気にかけられず、幾日も幾日もひたすらに歩まれた。ただ飯屋に行くと

いう気持ちを糧に、ほぼ飲まず食わずで歩かれたのだ。

 すると何やら見慣れた町並みが見えてこられた。

 これはホルマルの気力と不断の努力が実った決定的瞬間である。生来の方向音痴が幸いし、ホルマルは

町の四方に広がる森の中をぐるりと迂回され、結果として村へと戻ってきてしまわれたのであられる。

 しかも都合の良い事に寂れた場所にではなく、上手い事活気のある方へと戻られておられる。これこそ

コビット神のご加護と言わずして、どの籠と言おう。コビット神が編んだとしか思えないような不可思議

な、そして無意味な模様、そしてそのちぐはぐな醜い出来。確かにこれは芸術である。誰にも理解出来ないか

らこその芸術であって、それは確かにコビット神が生み出した至上の籠に違いない。

 そうに違いないからには、やはりそうに違いないのだ。

 そうに違いないのだから、こればかりは確かな事である。

 確かであるからには、やはりそうに違いない。

 この論法によって見事に実証された訳だが、ホルマルにあられてはそんな些事など気にも留めておられ

ない。ただ飯屋から漂ってくる臭いに惹かれ、するすると店裏の路地の方へとお入りになられて行かれた。

「おお、何と言う立派な食堂か」

 そこは生ゴミ置き場であり、毎日沢山の残飯が無意味に捨て置かれる場所。店の裏にある事からも解る

ように、正にこれは世間の裏側を表しているのである。コビットの美食は、この大量の残飯の上に成り立

っているのだ。

 この無用に搾り取られ、その上に利用すらされなかった生命の残骸達は、悲しみの中で放置されている。

虚しく腐り落つのを待ち、せめて畑のこやしにでも使われれば益のある残飯生であると願うのみ。

 この悲哀こそがコビットであり、飯屋であるとも言えるだろう。

 このように店の裏にこそ真実があり、あるべき現実が置かれているものだ。何も遠出する必要はない。

自宅の裏でもいい。とにかく裏を見れば裏が見えるのである。

「ふうむ、あちらに約束があるのだが、折角だからいただいていこうかの。店主、お主の用意の良さに免

じて、勝手に用意しておいた非礼を許そう」

 ホルマルは涎をだらだら流されながら、そわそわと身を震わされ、今にも食いつきそうなさも醜い醜さ

の極限のような表情をされながら、愚かしくもったいぶった言葉を発し、珍しく大ビットらしく形ばかり

で実のない振る舞いを見せられた。

 これは礼儀というものを理解されつつある、と言う事では勿論なく。単にどれから食そうかを迷ってお

られたのである。

 どれから食されるのか迷われておられる、しかし少しでも早く何かを食されたい、この相反する気持ち

がせめぎ合い、ホルマルに似つかわしくない分別という錯覚を、一時的に見せたのであらせられよう。

「むがぶしゅる、ぶじゅぶべらっ、もがもがもがらッ」

 だがホルマルはコビットらしくそのような迷いを一息に葬り捨てられると、後は無我夢中で手当たり次

第に今そこに在る残飯を食され始められたのであらせられる。

 その余りの食べっぷりは、膳コビット協会あくまでも膳だけで料理はなくてそれを想像しながら夢中で

食べられれば経済的じゃない選手権、審査員特別賞という名の実際は優勝である賞を取れるだろう事は、

まず一分一厘は手堅くそれはおそらく三割弱の確立でならまずまず確かであろうと天気予報並みの信頼性

によって言えると想像できるという所くらいは無難にいけると何となく思われた。

「むがろっ、べべらっ、もぺッ」

 こうしてホルマルはその場にあった残飯をすっかり平らげてしまわれ、全ての命を無駄にせず、快く腹

に収められたのであられる。

 自然を愛し、生命を愛すると言う事はつまり、残飯を食うと言う事である。それを間違っているという

のならば、後三度は店の裏に行って見るべきだ。



「ふぃーっ、食った食った。店主、なかなか見事な味付けじゃったぞい」

 ホルマルはまだ見ぬ店主を賞賛されると、満足そうに店裏から去ろうとされた。

「おう、なんだお前、新入りか」

 しかしそこへ現れたのが見るからにみすぼらしいみすぼらしきビット。何とも気の抜けた風体で、衣服

や肌がとめどなく汚れている。この汚れ具合からすると、おそらく一月余りは風呂や洗濯を味わっていな

いのだろう。勿論そう思い込ませる為の巧妙な罠かもしれないが。

 しかしその汚いという事実はあくまでも本物である。敢えて汚したのであろうと、自然と汚れたのであ

ろうと、みすぼらしきビットがみすぼらしく薄汚れ、いやいや濃汚れている事はまず間違いがない。

 それはホルマルと見比べればすぐ解る事だ。何しろホルマルはみすぼらしさと小汚さのプロフェッショ

ナルだかフロンガスだかであられ、汚さには無知なのだが、小汚さには無類の観察眼と見識をお持ちなの

であらせられる。

 そうであるからには、そのお姿と対比するだけで、相手の小汚さも解るというもの。ようするに濃汚れ

ているみすぼらしきビットが実際はどうなのかは解らないが、確かに小汚いという部分もある以上、ホル

マル並みに汚れているとも言えない事はないのである。

 これは若干確かな事で、全コビット小汚さ協会が正式に認定しているからには、確かに確かだといえそ

うだ。例えその協会が架空の協会であっても、コビットはそれらしきものがあると聞かされるだけで、容

易くそれを信じてしまうものなのである。

 そして信じる事で全ては始まり、全ては生まれる。

 だから貴方も信じるべきなのだ。

「おうおう、新入りなら新入りらしくまず挨拶ってもんがあるだろうよ。まあ、新入りじゃあ、そういう

細けえ事は解らねえだろうけどもさ。でも俺らにも守らなくてはならねえものはあるって事よ。気楽に生

きているように見えて、なかなかどうして普通に生きているよりも、俺らの方がきっちり規則を守って生

活しているって寸法よ。こんななりだから俺らも気を使っているって訳だ。だからお前もその辺きちっと

理解して、立派な・・・・」

 みすぼらしきビットがとうとうとご高説を述べている間、ホルマルはその顔をじっと見詰めておられた

が、ある時ふとおそるべき真実に気付いてしまわれた、とでもいわれるかのように、驚きに目を見開かれ

てこう仰られた。

「おお、貴方はかの有名なハスバスハ氏ではござらぬか。天災料理人とかなんとか言われているとか言わ

れていないとかの、ハスバスハ氏。あまりにもはすばすしているが為に終わりにハを付けるかそれともバ

を付けるかで、著名ななにがしだかそれがしだかに程好くコーヒータイムが取れるくらいには悩ませたと

いう、あのハスバスハ氏ではありませんか」

「え、お前一体何言ってんだよ。それより俺の話をだな、つまりはな、あの風呂屋には上手く・・・」

「ああ、そうですか。やはりハスバスハ氏でしたか。出会えて光栄ですわい」

 ホルマルは思う様駆け寄られると、これもまた思う様みすぼらしきビットに遠慮なく抱き付かれられた。

「お前、一体何が目的で! さては・・・・」

 暴れるみすぼらしきビット、略してみビット、を無視し、ホルマルは暫し抱き続けられる。この感動は

抱き続けられる事くらいでしか表現出来なかったのであらせられよう。例えそれが相手にとってどうであ

ろうと、とにかく自分の感情を表さなければ気が済まない。コビットとはそういう存在であった。

 まるで自分を実証する事がさも十代事のように、正に十代の愚かしくも甘酸っぱく、切なくも純粋であ

ったあの頃を思い出し、やっぱりどう言い繕ってもただの馬鹿だったなと思う、そんな心持。

 しかしそのようにして密着を続けられると、みビットの方は堪らない。

 ホルマルは感激の為に嗅覚が麻痺しておられるからいいが、というよりも初めから臭いなどという高尚

な趣味には付き合えぬ鈍き鼻の穴をされておられるからいいのだが、みビットの方はそうはいかない。ホ

ルマルの臭さといえばもうコビットを出来る限り汚し、そのまま一年は熟成させ、発行と醸造を繰り返し

たのではないかと思われるくらいで、ホルマルの小汚さ漬けと言えばこの界隈(かいわい)でも知らぬ者

はいないくらいなのである。

 そうであるからには、臭さには慣れている筈のみビットでさえ、とても耐えられない。みビットという

ものは、案外綺麗好きであったりするものだ。

「や、止めろッ! その臭いはたまらん、たまらんわ」

 余りの強烈な臭いにより、みビットは抵抗する意志も薄れ、悶えながら自分もまたホルマルへぎゅっと

抱き付く。

「ああ、たまらん。確かにたまらん。この臭いはたまらんわい」

 そうこのみビットは臭い物好きで有名であって、それが為に金も暇もあるのにわざわざこういう生活を

しているのだ。ようするに全ては趣味であり、彼のいう仲間内の規則だか何だかも勝手に彼一ビットが考

えた、臭いものは俺に寄越せルールでしかなかった。

「おお、ハスバスハ氏。光栄ですぞい、光栄ですぞい」

「ああ、俺もだ。お前は新入りながら何と言うとてつもない臭いを発しているのか。こんな臭いを嗅いだ

のは、ああそうだ、俺がこの世界に入るきっかけとなった・・・うんぬんかんぬんぺらぺらぺら、ぺらぺ

ーら、ぺら」

 こうして小汚き二ビットは小汚さ史に残る運命的な出会いを果たしたのである。



 みビットは自宅へとホルマルを案内した。そしてその自宅というのが何という偶然だろう、ホルマルが

以前家財道具泥棒を追跡され、間違って訪れられた例の大きな屋敷。そう、警備員にしこたま殴られ、頭

にかぶっておられた鍋を見事に真っ二つに割られたという、あの屋敷であった。

「おう、これは良いお屋敷ですな」

「いやいや、まだまだ熟成が足らないな。この程度の臭いではお前の足元にも及ばぬからして・・・」

 二ビットはここまでの数分の道中ですっかり意気投合し、様々な事を数分間分だけ話し、すっかり仲良

くなっていた。つまりは勘違いしているホルマルと、勘違いしていない臭い物好きのみビットとが、宿命

的に噛み合ったという事である。

 そしてホルマルは当然のように、以前この屋敷に入ろうとして手痛い目に遭われた事など全く覚えてお

られず。屋敷を実際に見られても、そもそもこの屋敷を屋敷として認識、記憶されていないのだから、今

改めて見られたとして何一つ思い出される事はなかった。

 警備員がホルマルのたまらない臭いでふと思い出し、またあのおかしな乞食が来たか、とぴくりと反応

を示したものの、主人が一緒なだけに手が出せず、まあ俺の家じゃないのだから、臭くなろうと汚れよう

と誰を連れ込もうと構いはしない、それよりも臭いからさっさと入ってくれ、とばかりに見送り、何も言

おうとはしなかった。

 みビットとホルマルという臭いの相乗効果を生み出す運命的な二ビット組には、警備員もとても手が出

せないのである。

「さて、ここが我が家だ。大した臭いもさせていないが、どうかくつろいでくれ。俺は色々と用意させて

くるから、まあのんびりしていて、それでその臭いをそこら中に染み付けながら、たまらん臭いをもっと

もっと俺に味あわせて、その後に・・・・」

「ほう、これは素晴らしい。わしも美術品にはうるさい方でして、ちと拝見させてもらいますぞ」

 こうして見事に噛み合いながら、ある点において完全に噛み合わない二ビットのおかしな関係が始まっ

たのであった。




BACKEXITNEXT