6-2.一つの結末、そして誕生のホル扉


 筆頭対ホルマルは無残な最期を遂げた。コビットの常として、想像していた以上にそれは恐ろしく、厄

介(やっかい)な存在であったのである。

 それというそれが一体何を示すのかはとても口に出来ないとしても、その事は対ホルマル機関を神官さ

せるに充分であった。あまりの恐ろしさに神頼みして現実逃避するしかなかったのだ。

 ホルマル力、通称ホルカは想像していた以上に恐ろしく、対ホルマル機関でさえもその力から逃れる事

は出来なかった。どれだけホルマルを嫌悪しようとも、ホルマルに近付けば皆その力の前に屈するしかな

い事が証明されてしまったのである。

 しかし第二対ホルマル、通称二丸には秘策があった。それは秘策であるが為にいつまでも丸秘にしてお

かなければならないから教えられないが、とにかく秘策があったのである。

 そして二丸はその秘策を為す為に日々様々な準備を始めていた。例えば、起きたら顔を洗って歯を磨い

たり、靴についた泥を払ったり、それでいていい所を見せてみようなどと考えながら玄関とそしてちょっ

と近所の掃除をしてみたり、しかしそれに誰も気付いてくれなくてしょんぼりしたり、そういう事を地道

に繰り返したのである。

 二丸が筆頭対ホルマル、通称筆丸と違うところはその粘り強さにあった。筆丸も確かにそういう部分は

あったが、二丸はその上に少し離れて見るという遠慮深さも持ち合わせていたのである。つまりはより我

慢(がまん)出来るという事だ。

 そして観測時間を一日一時間と決める事で、ホルカの影響力を最小限に止め、筆丸の二の舞となるのを

防いでいる。

 何しろ二丸の専攻科目はホルマル漬け。誰からもそれだけは止せ、そもそもそんな科目がある事自体が

不思議な事で、それを取ったとしても現在も未来にかけても何の利益になる事も無く、ただただ時間を無

駄にするだけだ。お前がその科目を取れば、また一年はその科目を残しておかなければならなくなるでは

ないか。どれだけとんでもない事をしているのか本当に解っているのか、お前は。

 などと言われても一向気にせず。むしろ堂々たる佇まいの家をキャッシュで買うが如くにしてそれを専

攻までしたコビットである。この一事からしても並のビットではない。

 つまりは変ビット中の変ビットなのである。

 二丸が変ビットであるからには、普通ットの基準で動ける筈がない。二丸はじっくり十年は準備を整え

るつもりだったのだが。不味い事にこれに業を煮やした第三対ホルマル、通称三丸が勝手に動き出してし

まったのである。

 二丸は堅実かつ予定通りに計画を進める事で有名なビットであったが、その分予定外の事が起こると弱

い。三丸に十年計画を邪魔された二丸は、前回の引きも虚しく、その役割を果たす事が出来なくなってし

まっていた。もう二丸には、永遠に準備を整えながら、来るかもしれないけれど来ないかもしれないその

時を、黙って待つしかなくなってしまったのである。

 つまり全ての予定は狂う為に存在し、狂わされる為に存在しているからには。予定通りにいかなければ

どうにもならないような二丸は、現実では全く役に立たないという事である。

 だからこその二丸であって、筆頭対ホルマルになれないのも頷けるというものだ。

 そしてそれを解っていたからこそ三丸も行動に出たのだろう。三丸としては二丸には計画倒れのコビッ

トで居続けてもらわなければ困る。二丸はいつまでも二丸であり、筆丸の空いた座には三丸が就かなけれ

ばならない。

 何故なら一がいなくなったからといって、その後に二がきて三がくるのでは面白くない。二を飛び越え

て三がきたり、更にそれを飛び越えて五がきたり、そういう飛び級要素があればこそ、組織というものは

面白くなる。

 二丸のように予定通り計画通り順番通りのコビット生など考えただけでうんざりする。だから自分が

二丸を出し抜く事は全ビットの為、いやそこまでいかなくとも、対ホルマル機関の為である事は確かなの

である。

 ならばそれをやるのが三丸の三丸としての役目であり使命。この機会を逃す手は無い。今こそ自分がそ

れなりの成果を上げて、その上で筆丸になるのである。

 それによって呼称が変わり、暫くは混乱して面倒な事態になるとしても、それを乗り越えていかなけれ

ばならない。コビットは試練を乗り越えれば乗り越えただけ成長するものである、理想としては。

 例えそれが理想論であっても、いやだからこそ大事にしなければならない。何故なら、三丸はそういう

理想を大事にするコビットだからである。



 三丸は理想を求めるビット。だから無鉄砲、という訳ではない。彼にも彼なりの計画があり、予定があ

り、その為に行動している。決して何も考えていない訳ではなかった。例えそれが理想論だと罵(ののし)

られ、時には憧れられても、その面倒くささに耐えて尚やらなければならないのである。

 何故ならそれが理想だから。理想は常に叶えられなければならない。それが三丸。

 だからまず三丸はホルマルに対する理想を思い浮かべ始めた。理想を実現する為には、まずその理想を

知らなければならない。三丸は慎重である。

 ではホルマルに対する理想とは何か。それはホルマルには近付くなという事である。ホルマルになるべ

く関わらない事。これが重要でホルカに少しでも触れないようにしなければならない。

 そしてこの理想的結論から、三丸はホルマルに決して近付かない事を決めた。

 ホルマルを忘れる訳ではない。忘れてしまえばもう注意できないのだから、決して忘れる訳ではなく、

むしろ常に注目しているのだが、それでいて決して近付く事をせず、必要以上に関わらない、いやもう全

く関わらない。それが理想の状態であって、それ以上に良い状態はない筈だ。

 それをしなければならない。

 こうして三丸は永遠に身を隠す事になった。



 筆丸、二丸に続き、三丸までもがホルマルに敗れた。例え筆丸以外にはホルマルが全く関わっていない

個ビット的事情の産物だとしても、そもそもホルマルが居たせいでこういう機関が生まれ、丸達もそれに

所属し、その為にこういう結果になったのだから、これは確かにホルマルの責任。言い換えれば、ホルマ

ルに敗れたのである。

 これは確かな事であるからには確かであり。誰も否定出来ない事実であるからこそ事実なのである。

 しかし筆頭、二、三ときたのだから、まだ四も五も居る筈。先程もほんのちょっぴり何となくだけど五

にも触れたのではないかと思われたのだとしたら、それは違うと断言しておこう。

 実は対ホルマル機関はただいま三名しかおらず、三丸まで敗れてしまった以上、瓦解してしまった事に

なってしまうのである。

 そんな筈はない。機関などと偉そうに名乗るくらいなのだから、それなりのコビット数はいる筈だ、初

めに八名居ると言ったじゃあないか、と言われても、居ないものは居ないのだから仕方がない。

 彼らの為に少し言い訳させてもらうとすれば、あまりにも早過ぎた。筆丸が行動を起こしたのも対ホル

マル機関が出来てから僅か一週間の事で、ようやく何となく形が決まり始めてきたかな、という感じの見

切り発車でしかなく。組織そのものがまだまだ未熟だったのである。

 組織として未熟だったのだから、その組織が未熟だとしても仕方なく、コビット数が少なくても仕方が

ない。それは運命に等しい力であり、そうであるからにはコビットには抗えない。

 何故と言われても困るが、そういう約束事なのだから仕方が無い。泣く泣く諦めてもらうしかないのだ。

 そういう約束事に逆らいたいという衝動は、いい大人なのだからそろそろ諦めるべきで、例え諦められ

ないとしても抑えるべきなのである。

 嫌だと言われてもそういう事になっているのだから仕方が無い。仕方が無い仕方が無いと諦めていくの

が大ビットであるからには、そうしてもらわなければならない。

 何故なら、そうしてもらわなければこちらが困るからである。

 一人前のビットであるならば、それくらいの事は自然と理解してもらわなければならない。そういう思

いやりを持って生きてもらいたい。

 世間とはそういう風に出来ている、出来ていると考えているから成り立っている不思議なものなのであ

る。それを今この対ホルマル機関を通して全てのコビットは学ぶべきなのである。

 そうに違いない。確かにそうに違いない。



 対ホルマル機関はホルマルに敗北し、潰されてしまった。未だ組織自体は残っているが、それも有名無

実でしかなく、もう対ホルマルとは名ばかりのただの機関になってしまっている。対ホルマル機関の対ホ

ルマルという看板文字も外されているそうだ。

 しかしここまで大きな事をされておられながら、ホルマルは直接的には何も行動されておられないので

あられる。何もせずとも何かをしている。まさにこれこそがホルカであって、対ホルマル機関はホルカの

洗礼にあったというべきだろう。

 つまり対ホルマル機関はホルマルに関わってはならないという先例になったのである。

 だが話はこれで終りでは無かった。実は二丸の妹で第四対ホルマル、つまり四丸候補となるコビットが

居て、彼女は自分がやっとこ就職できる筈だった職場を潰され、仕事を奪われ、そして安定した収入への

道を閉ざされた事で怒りに燃え、ホルマルに対して復讐を決意したのである。

 しかもその復讐方法は他の丸達とは比べ物にならない程直接的、かつ効果的で、ホルマルを恐怖させる

に充分なものであった。

 それを簡単に言うと、四丸は毎朝ホルマル宅に出勤し、そして日が落ちるまできっちりとホルマルの頭

をぽこぽこ殴り、すっきりして帰って行くという方法である。

 毎日夜までホルマル宅に居る。それは彼女がホルマル臭に対抗できる逸材であるという証明であり、彼

女にはホルカが通じないという事をも意味している。

 これは恐るべき発見であり、四丸候補によって全てのコビット達はホルカという呪縛から抜け出せるの

ではないかと思われた。

 だがしかし何とした事でしょう。対ホルカ成分は四丸の体質の問題であり、簡単に言えば風邪気味で鼻

が詰まっていただけで、根本的な解決方法にはならなかった。

 ただし、この法則からナンタライウ博士がある対抗手段を発見している。それはわざとホルカにやられ、

嗅覚を麻痺させられる事でホルカの呪縛から脱する、という方法である。

 しかし結果としてこの発見も、コビットに絶望しかもたらさなかった。

 何故なら、これはホルカに対抗するにはホルマルの側に行くしかない、という事を意味しているからだ。

 そんな事をするくらいなら、もう初めからホルマルを無視した方が良い。一時でもホルマル臭を嗅ぐく

らいなら、いっそ初めから居ないものとして関わりを避けた方が良い、という結論に達する。結局、解り

すぎるくらいに解っている結論が更に強く立証されたに過ぎないのである。

 しかしこれに腹を立てたのが四丸。

 その身を犠牲(主に鼻)にしてまでホルカへの対抗手段を見付け。コビットにしては珍しく実のある成

果を出したものを。そんな風に見知らぬ他ビットに否定されて納得出来る訳が無い。

 こうして四丸とナンタライウ博士の間で激しい議論が戦わせられ、有名な百年論争へと続くきっかけが

生まれる事になったのだが、それはまた別の話。

 そして勿論、そんな大きな事になってしまえば、もうそれはホルマルとは関係なくなる。

 卑小極まりないホルマルからすれば、握り拳大程度まで大きくなってしまった物事とは、最早切り離さ

れて考えられて叱りというもので、そういう約束事をきちんと聞かないコビットはやけに叱られてしまう

という事である。

 だから叱られるのが嫌なら、黙って納得するしかない。

 そして四丸が納得するしないは四丸だけの問題なのだから、関わらずに放っておけば良いのである。そ

れがホルマルから学べる、ホルマル論。真の意味での対ホルマルである。



 このような一連の流れの中、渦中のビット、ホルマルはどうされておられたかというと、とにかく食べ

ておられた。ひたすらに食べておられた。妄想の中で一日を過ごされ、それによって若干痩せられたとし

ても、未だそのお体は丸々と肥えられ、正に丸々としておられる。

 もうこれはどうしようもないのではないかと思われるくらいに丸く。とにかくマルク。いっそマルク主

義にでもなりそうなくらいにマルクっておられた。

 しかしそれはあくまでも例えであるからには、それらとは全く関係ない。この世に実在する全ての団体

やそれらしきものとホルマルとは、一切、全く、金輪際、関係ないのである。

 安心して欲しい。

 だがそんな丸いホルマル、つまり丸ホル、或いはホル丸にも一つだけ気がかりな事があられた。それは

あまりにも食べ、食べて食べられる余り、うっかり水分の摂取を忘れておられたという事実である。

 確かに食べ物にも若干から結構多めまで多彩な水分が含まれているとしても、やはりあのするっとした

飲み心地の水という以外に言いようもない飲み物を摂取する事は、重要である。

 何故ならそうしないと水を飲んだという気分がしないからである。

 病は気からというように、気持ちというのは大事。それはホル丸も変わられない。ならばこそホル丸も

水をたらふく飲まれなければ気が済まされないのであられる。

 例え何も飲まずとも、ホル丸皮膚が勝手に空気中の水分やら色々な物を都合よく摂取されておられると

されても、はっきりとそれを飲まれる事は必要なのであらせられる。

 ホル丸も所詮はコビットであられ、生涯ビットビット言うしか取り得がないのだから、それは当然の事

であらせられ霰降らせられるのであらせられる。

 だがその事にホル丸が気付かれるまでには、何らかの兆候が出てこられてから優に一週間は経たれた後

であられ、もうそのくらい経ってしまっておられるからには良いではないか、という空気が農耕としてし

っかりと耕され、実られておられたとしても、ホル丸とされてはそれをされるしかなかった。

 一度決めた事はしっかりやらなければならない。それが大ビットの嗜(たしな)みである。

「おう、何だかやたらに喉が渇く、渇くではないか。この渇き具合は・・・・そうじゃ、アッテンホルム

ダートとアルカムナルナラナラーナとの決戦を観戦しようと思い立ちながら、しかし若干の懐具合と腹具

合という二つの具合によって支配された筈の某かの某の理由によってわしの運命が弄ばれた筈のあの時、

あの時以来じゃて。これは飲まねばなるまい。飲まねばなるまいよ。ああ、でも面倒じゃあ、何かこう考

えるのも面倒じゃわ。とうとう面倒になってしまった」

 ホル丸は嫌々ながら手にし、口にしておられた食べ物らしきものを放り捨てられると、勢い良く扉から

出ようとされてまた同じようにひっかかられ、そのまま身動きが取れず、いつの間にかその扉と一体にな

られてしまわれた。

 これが世に無名なホル扉であり、記念すべき誕生の瞬間であられる。




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