8-1.ホルマル収容所前


 ホルマル収容所。それはホルマル強制収容所よりもちょっぴり優しく、そしてにわかに切ない収容所で

あると言われている。

 それがいつから存在するのか。それとも今までに一度として存在した事がないのか。誰にも解らない。

そういうものがこの世に存在するという噂だけが流れていて、実際に見たビットは居ない。

 その噂は故意に流されたのだ、と言うビットも居る。

 そういう噂を流す事によってホルマルを誘い出し、どこでもいいから閉じ込めてしまおうという計画な

のだと。

 何しろホルマル収容所なのだから、ホルマルを収容しない事には始まらない。つまりそれは、ホルマル

に収容される義務が発生される事を意味する。

 コビットはそういうものを尊重する種族。ホルマルもまたコビットであられるからには、その運命から

逃れられる事は出来られない。

 そしてホルマルはのっこりやってこられた。誘い出されるまま、噂のホルマル収容所へと。

「ふうむ、まるこいのう」

 丸く暗い穴が空いている。穴だから暗いのか、暗いから穴に見えるのか、それはどうでも良い事だ。し

かしどうでも良い事を時に言いたくなるのがコビットである。だからその気分に従って、どうでも良い事

を言わなければならない時もある。

 その穴は壁のような山肌のような良く解らない側面に空けられ、しかしそうでありながらここは森で、

なおかつ湖にも程近いという休暇にもってこいの場所だった。

 何故こんな場所に来られたのか。何故こんな場所に辿り着けられたのか。それは解らない。ホルマルは

何もお知りになられないまま、ホルマル収容所に導かれたのであられる。

 そこには何一つ疑問に思えるような事は無い。もしそう感じ取っても、そっと無視するべきなのだ。

「こうもまるこいからには、入らねばなるまいて」

 ホルマルは迷わずその穴に入られた。地面から少し離れて空けられている為、その短い御足でまたぐに

非常に苦労されたようだが、何とか乗り越えられる事が出来られ、中へ侵入する事がお出来になられてお

られる。

 ホルマルが侵入されると穴が音も無く閉じてしまう・・・という事もなく。ホルマルはそのまま奥へと

歩いてイカレル。

 中はすっぽりと暗闇で覆われていたが、所々に照明が置かれていたので、何とか先を見る事が出来る。

 道は随分入り組んでいて何度も折れ曲がり、何処へ続いているのか見当もつかない構造になっていたが。

一本道だったので迷わず進む事が出来られた。時には間違われていつの間にか反対方向に戻っておられる

事もあられたが、ホルマルとしてはずっと真っ直ぐに進んでおられるつもりであられる。

 だからずっと真っ直ぐ進んで行かれた、と言ってしまっても良いだろう。

「しんどいのう、しんどいのう」

 ホルマルの足腰はとんでもなくとんでもない、という話がまことしやかにささやかれる程であらせられ

るが、疲れを覚えられない訳ではあられない。特にはっきりした目的を持たれない時はそうであられる。

 目的がある場合はその目的に精神が集中されるというのか、ホルマルは一度に一つの事しか考えられに

なられず、それを終えられるまではその事だけにしか頭がお働かれになられないので、お疲れを自覚され

る事はないのであられるが。

 今御自分が何をするべきなのかが解られず、目的という集中できるものをお持ちになられない時は、一

般ビットと同じように疲労をお感じになられてしまわれる。

 これこそが有名なホルマルの一点集中論である。心頭滅却すれば秘もまた痒し、の言葉は特に有名だ。

 この論によってコビットは集中力の重要さを教えられた訳だが、だからといって現在の状況が変わるわ

けではない。ホルマルは依然退屈しておられる。

「しんどいのう、しんどいのう、しんしんしんどしんどいのう。ししし、しんど。ししし、しんど。しん

ど、しんど、しんどいのう」

 しかし流石はホルマルであらせられる。たまたまもらされた、しんどいのう、という言葉でリズムを刻

まれ始められ。その歩調を軽快なステップに切り替えられて進み始められたのであらせられる。

 そのステップは普通にお歩かれになられるよりも随分速く。そのおかげでこの洞窟らしき中をすすすい

と進まれていかれる事が出来たのであらせられる。

 そして遂に洞窟らしき道は終り、ホルマルの眼前には大きな鉄扉が現れた。

「ふうむ、お主、ただ扉ではないな」

 ホルマルは鉄扉に若干威圧感を覚えられたが、臆する事なく果敢にステップを刻まれた。しかし鉄扉は

全く動じず、重々しい表情を浮かべたまま沈黙を保っている。

「人のステップを無視するとは何事ぞい!」

 怒鳴ってみられたがやはり動じない。

「やるのう、鉄扉めが。お主のような鉄扉にあったのは、わしもまだ三度目くらいじゃわい。一度目は確

かそうじゃった。いや、違ったか。そんな気もするぞい。でも二度目は・・・・いやいや、これも違った

わい。はて、わしは一体何が違っておったのかのう」

 短時間の内にあまりにも頭を酷使されたせいか、ホルマルはここ数分、或いは数時間の記憶を失くされ

たようであられる。

「なんじゃい、この鉄扉わ!」

 しかしホルマルが驚き、そう叫ばれた時だった。

 不意に鉄扉が耳障りな大きな音を奏でながら開いたかと思うと、そこからにゅうっと手が伸びてホルマ

ルを掴み、そのままぐいっと中へと引き入れてしまったのである。

 それはあまりにも突然かつ強い力であったので、ホルマルの精神と肉体が引き離されておしまいになら

れた程だ。

 こうしてホルマルはその精神のみを鉄扉前にお残されになられたのであられた。



 精神ホルマルは随分悩まれたが、悩まられながらも多分いつもの癖で歩かれ始められ、そのまますんな

りと鉄扉を通り抜けられた。

 何しろ精神のみであられるからには、鉄扉など無意味なのであらせられる。

 じゃあ、何故地面というのか、床を通り抜けずに普通に歩いておられるのか、と言われると、確かに不

思議かもしれない。多分、そこに地面があるという事を錯覚される事で、あたかもそこに地面があるよう

な気持ちになられ、その気持ちが何となく地面を踏んでいる感触を生み出されて、そんな風に当たり前の

ように歩けておられるような気になってくる。

 そんな気がするだけで確証はないのだとしても、だからこそあまり突っ込んだ質問はされたくはないの

である。そんなホルマル事はこちらの知った事ではない。

 ともかくこうしてホルマルは鉄扉を突破されたのだが、未だに悩まれ続けられておられるせいで、その

事に全くお気付きになられず、現状を理解されないまま歩いてイカレル。

 扉内は随分物々しく、警備ットが数十ビットも居て、警戒も厳しかったのだが。精神ホルマルは精神の

みの存在であられるのだから、そんな事はお構いなしにするすると通り抜けていかれる。

 もう壁も警備ットも関係ない。何も見ておられないのだから、足元に錯覚しておられる感触だけが現実

であられ、他のものは何の疑問もなく通り抜けて行かれるのであられる。

 警備ットの中に霊能力のあるビットが居なかった為、彼らに気付かれる事もなく、ホルマルは順調に進

まれて行かれた。

 それも都合の良い事に、まるで離れた肉体と引き合うように、我知らず精神ホルマルは肉体ホルマルへ

と導かれておられる。そういう意味では、肉体ホルマルが精神ホルマルを引っ張っておられたと考える事

もできるだろう。

 それを考えたからと言って何がどうなる訳でもないが。一つの参考にしてもらいたい問題である。

 肉体ホルマルの方はといえば、警備ットに連れて行かれるまま最奥にあるおかしな部屋に運ばれになら

れ。直に追いついた精神ホルマルと合体する事で、結局本来のホルマルへと戻られたのであらせられる。



 ホルマルが目をお開けになられると、ドラム缶の立派なのみたいな缶が所狭しと並べられている光景が

お映りになられた。そしてその缶を縫うようにたくさんのビットが移動し、何かもじもじやっている。白

衣を着ている所から察すると、このビット達は非常に綺麗好きだと思われるが。その白衣を良く見てみる

と、物凄く汚れているのが解った。

 確かに綺麗好きは白を好むような気がするが、しかしその白こそがもっとも汚れの目立つ色であるとい

うこの矛盾、いやこの皮肉をどう解決するのか。おそらくはそういう研究をやっているのに違いないと、

ホルマルは察せられた。

「けっこう、けっこう」

 その研究にホルマルは非常に感心され、実りある研究に生涯を捧げているこのビット達に向けて、侮蔑

の眼差しを向けられながら、今にも罵詈雑言を並べ立てられそうな雰囲気をかもし出され、そのビット達

が御自分に気付くよう仕向けられた。

「あー、オホン。ホホン、エホン」

 上から絵本が降りてきたが、ホルマルの方を気にかけるビットは一人も居ない。皆自分の事に夢中で、

自分まっしぐらという雰囲気が濃厚に見て取れる。

 ホルマルは、何ともけしからん奴らじゃぞい、とお思いになられたのだが。そこは大ビットとして非常

な努力をされ、お怒りをお抑えになられておられる。

 珍しく分別を見せられたのは、上から降りてきた絵本が面白かった為であられよう。

「うひゃひゃひゃひゃ、あひょひょひょひょ」

 そうして笑っておられると、突然一人の白衣ビットが眼前に現れ、何の前触れもなくビンタされてしま

われた。そのビンタはすこぶる痛く、流石のホルマルも呆然とされておられるしかない。しかし絵本を見

るとまたすぐに笑いがこみ上げてきて、その事はすぐに忘れられた。

 するとまたビンタされるのだが、また絵本を見ると笑いがこみ上げてこられてお忘れになられ、そして

笑ったからまたビンタされ、という事を絵本を読み終えるまで繰り返された頃には、ホルマルの頬が通常

の数倍も膨れ上がっておられ、とんでもない事になってしまわれておられた。

 だがそのおかげで上手く笑えなくなられ、それ以上ビンタされる事を防ぐ事が出来られたのであられる。

流石はホルマル。深慮遠謀ニシンの如し。



 白衣ビット達はそれ以後一度もホルマルに関心を向ける事は無く。とうとう一夜明けたような、初めか

ら明けていたかのような、そもそも来る以前からもう昼前だったのではないか、というような奇妙な事に

なってしまったのだが。とにかくちょっとした時間が経った事に間違いはなかった。

 ホルマルは丁度退屈を満喫されておられた所だ。

 絵本は全部読まれてしまわれたので、試しに様々な空想をしてみられたようだが、それは思った程楽し

いものではなく、途中で飽きてしまわれておられる。

「こりゃこりゃ」

 そこで白衣ビットに呼びかけてみられたが、彼らは相変わらずホルマルを無視していて、画面やら瓶や

らそういった物に意識を集中し、まるで他へ注意を払わない。今なら背後からそっと忍び寄って、ぴった

り寄り添ってしまったとしても、全く気付かないだろうと思われる。

 そしてホルマルは、はたとお気付かれになられた。

 そう、別に拘束されておられる訳でも、縛られておられる訳でもない事に。

 うっかり勘違いされておられたが。拘束されておられず、周囲を壁か何かに囲まれておられる訳でもな

い。好きにお動かれになられれば良いのであられた。

 ホルマルはささっとその場をお離れになられると、白衣ビット達の研究を一つ一つ見物して回られる事

にされたが。しかしそこからお解かりになられる事は何一つあられず、何がそんなに面白いのかがさっぱ

り理解お出来になられない。

 だがこの白衣ビット達がそこまで熱中している以上、それはとても面白いものである筈だ。ホルマルに

は確信があられたので、珍しくしぶとさを発揮され、更に半日程眺めておられた。

 そうするとホルマルにもそれらの事が少しずつ解って来られ、何がしたいのか、何をやっているのかが

何となく察せられるようになってこられたような気がしてこられたのであられる。

 ホルマルが考えられるに、白衣ビット達はおそらく何らかの研究をし、何らかの成果を出そうと考えて

いる。お互いに話しかける事もせず、それぞれが全く違う事をやっている事から。彼らは協力しているの

ではなく、別々に研究しながらも、その研究対象が同じであるのだろう。

 たまたま対象が同じなので、同じ部屋で研究をしているだけの関係。そう考えるのが無難だ。

 彼らの間には親密な繋がりはなく、各々が各々で好きにやっている。

 一体彼らは何を調べているのだろう。何をどうしようとしているのだろうか。

 考えられてもさっぱりお解かりになられないので、仕方なくホルマルは手近にあった白衣を着られて、

御自分も何かを研究される事にされた。

 それが何か、それに何の目的があるのかは解らないが。皆が一様に研究をしているのだから、御自分も

そうされなければならないような気がされてこられたのであられる。おそらくこの白衣ビットの中にも、

そういう気分に乗っかって研究を続けているビットが少なくはない筈だ。

 コビットはそういう気分や空気を大事にする種族である。

「ふうむ、なるほどのう。ふうむ、ふむ。ふうむ、ふむ」

 ホルマルはまず他のビットの研究を観察される事に専念され、実験器具の使用方法、書類の作成方法、

などをご理解されようと努められたが、全く理解出来られないのですぐに諦められ、仕方なく空いていた

椅子にお座りになられると、机の上にあった何かをとにかく何とかしようとされ始められた。

 それは何だか丸いもので、ぐにゃぐにゃしていて、それでいて何とも懐かしい臭いのする不思議な物体

であった。

「おお、この臭い。まったりとしていなくてしつこいこの臭いは、確かにどこかでかいだ臭いだぞい。そ

う、確かにそうじゃ。確かに丁度五分ほど前にもしっかりかいでおり、今もかいでおる臭いだわい」

 ホルマルはその臭いに非常な興味をお示しになられ、その後ずっとかいで過ごされたのであられた。



 数ヶ月が経ち、ホルマルは臭い学士として有名になられ、近い内に博士号を取得されるだろうと専らの

噂になられるまでになっておられた。

 それがあくまでも噂で、所詮は噂で終わるしかないとしても、確かにその名は響いておられたのであら

せられる。

 ホルマルの書いた論文は声高に批評され、徹底的に論破され、その上で全ての白衣ビットから罵られな

がらも、確かにあの臭いをずっとかぎ続けていられる事は一種の才能であり、天才と目されても仕方のな

い事だと言われておられる。

 ホルマルがかいでおられた物体、あれはホルマルの細胞から抽出された臭いを固体化だかゼリー化だか

グミ化だかしたもので、専門家の間では通称ホルグミなどと呼ばれている。しかしそのふざけた名前とは

裏腹に、専門家でもその使用には非常に注意を払わなければならないもので、ホルマルがかいでおられる

物体だけでも、全コビットの半数をホルマル漬けにさせる程の威力があるという。

 それに数ヶ月も耐えておられるのだから、ホルマルの耐久力は確かに博士号を得るに相応しいという訳

である。

 しかしここで問題が発生する。

 それはホルマルなどというふざけた存在に、果たして博士号を与えていいのか、という疑問である。

 これは当然起こり得る問題で、そもそもホルマル研究をホルマル自身がするという矛盾に加え、結局ホ

ルマル自身にはホルマル臭が効かないのだから、それを才能とする意味が無い、という事にも発展する大

問題だった。

 そして研究ビット達の間で三秒程ゆるやかな議論が続けられた後、ホルマルの学士号剥奪と共に、研究

棟から牢獄への移動が決定したのである。

 そもそもホルマルが研究室に居る事が問題で、それを数ヶ月も気付かない方がどうかしている。

 研究仲間からは、例えホルマルでもその実績は認められるべきだ、という声も上がっていたのだが。そ

の研究ビットはこの不祥事を理由に全て解雇され、何処とも知れぬ場所へと幽閉されてしまったそうだ。

 つまりこれは、ホルマルと共に危険分子を収容所内から追放する策略だったのである。

 そうとでも考えなければ、今までホルマルが放置されていた事に納得がいかない。何故なら、ここはす

でにホルマル収容所の中であり、収容されたのであれば、きちっと管理されなければならないからだ。

 それが野放しになっていたのには、それだけの理由があったと考えられる。勿論、何の考えもなかった、

という可能性も大いにあるが。

 ともかく、こうして無事牢獄に入れられたホルマルは厳重な監視下に置かれ、その自由をなるべく多く

奪われたのであられる。



 ホルマルの生活は日の出と共に始められる。

 しかし別にそれは日の出と共に起床されるという意味ではなく、日の出と共に監視が始まるという意味

である。

 ここでのホルマルはあくまでも収容物であられ、それ以上の権利は無い。最も初めからホルマルに権利

などあられないのだから、収容物の権利を認められた事は、コビット権が飛躍的に良くなった事を意味す

るのかもしれないし、そうではないのかもしれない。

 ここで言葉遊びをするつもりは無いからこの辺にしておくが、つまりはそういう事なのだ。

 ホルマルは日の出ている間に起きられる事もあられるし、眠られたまま夜中過ぎまで起きられない事も

あられる。

 これはホルマルの体内時計が狂っておられるせいだと考えられているが。実際はそういう時計そのもの

があられない。初めから持っておられないのだから、ホルマルの生活が安定されないのは当たり前の事な

のであらせられた。

 ホルマルが起床されると食事が運ばれてくる訳だが、これは主に所内で働くビット達の昨夜の残り物、

または食べかすである。

 量としては残り物の方が多いのだが、味としては残りかすの方がたまらないらしく、ホルマルご自身は

残りかすを非常に楽しみにしておられる。

 だが残り物を楽しみにしておられない訳ではなく、結局どちらも美味しく食されるそうだ。

 ホルマルが来てから収容所の生ゴミが劇的に減ったそうで、所長などは一度ホルマルに対して功労賞な

り何らかの賞を与える事を検討した事もあったようだが、時間と費用の無駄なので五秒後には全て白紙に

戻したそうである。

 流石に所長クラスになると、それなりに頭が働くようだ。これが所員クラスであれば、深く考えずに賞

を与えていたかもしれない。しかしそもそも所員クラス程度では賞を与えるような権限は持ち合わせてい

ないのだから、これは要らぬ心配だろう。

 要するにホルマルが賞される事などありはしないと言う事だ。そんな事は決してあってはならない。

 食事の後も色々あったような、なかったようなを繰り返されながら、日の入りと共にホルマルの生活は

終わられる。つまりホルマル観察が終わるという事だが、監視ビットが居ない以上、特にその事にも意味

は無い。

 一応監視するという事になってはいるのだが、誰もそんな無意味な事はしたくないし。ホルマルなどと

いうビットは存在自体が冗談のようなものなのだから、そんなビットにいつまでも関わっていたくは無い

のである。

 そしてホルマルが監視されないという事は、ホルマルの生活記録が残される事がないという事で、ホル

マルという存在が歴史から消えてしまう事を意味する。

 例え現実に存在していたとしても、その存在を証明するものが無ければ、その存在は存在しなかったモ

ノとして扱われてしまうのである。

 それは強引な理屈だとしても、現在のコビット界が証明を重視している以上、仕方の無い事だ。それが

在ったという事を証明できなければ、無かった事になる。それは一つの真理である。

 このように一月程ホルマルは牢獄人生を送られた訳だが。次第に研究ビットの中から、ただ閉じ込めて

おくだけなのは勿体無い、研究すべきである、という声が高くなり。彼らは好奇心というふざけた感情を、

科学の発展の為とかいうどうでも良い理由によって無理にでも満たそう、という例のどうしようもない癖

を発揮し、所長へと詰め寄った。

 所長も初めは強硬に反対していたのだが、次第に圧され、最後には騒ぎを煩がった上のビットからの鶴

の一声によって屈するしかなくなってしまった。

 上のビットとは勿論最所長の事であり、このビットがこの収容所内の全ての実権を握っているような気

がする以上、所長もどうしようもなかったのである。

 ホルマルはすぐに研究棟へ戻され、例の研究室内に監禁されると、存分に研究され始められた。

 これが第一次ホルマル紛争の発端となる出来事と言われている出来事の前兆となる出来事の前触れとな

る出来事の前の前の前の、そして横道にちょっとそれた出来事である、と言われている、ような気がする

出来事である、と専らの噂だと伝えられている出来事である。




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