浮かび、過ぎるモノの中へ

あるがままの心で

「起きたの？」

「ここは？」

「私の家」

「そっか・・」

　暖かい毛布に上で僕は目覚めた。年代物の毛布なのだろう、染みが出来、色もくすんでいる。でも、

不思議にぽかぽかと暖かかった。

「平気？」

「うん、大丈夫」

　少し頭がおかしいけれど、この程度ならばどうと言う事は無かった。

「日射病だっけ？」

「そう、日に射られたの」

　すぐ側にはリルの姿がある。多分、ずっと看ていてくれたのだろう。リムといい、ボロ衣人は良い人

だと思う。その奥に優しい暖かさを秘めている。

「飲んで」

　リルの差し出した器には、暖かいスープが注がれていた。

　僕はありがたくそれを受け取り、ゆっくりと口に含む。

「美味い・・・」

　しみじみとそう思った。あの時、リムが出してくれたスープにとても良く似ている。

「これ行商人から？」

「ううん、これは野菜のスープ」

「そっか・・・これが野菜かあ・・・」

　もう一度ゆっくりと口に含んだ。口の中に仄かな甘味と、そして複雑な味が広がる。それを表現する

言葉を僕は知らない。ただ、それは暖かく身体中を染んで、何よりとても美味かった。苔なんか問題に

もならない。

　おそらく、これが本当の食べ物なのだろう。地上を知る人達が嘆き続けているのも、これなら無理は

無い。今の地下生活はすべてが乏しすぎるのだから。

　でも何故か地上には戻れないと言う。とすれば、地下しか知らない僕らの方が幸せだったりするのか

な・・・。

「ご馳走様」

　器をそっとリルへ返す。

「お粗末様」

　表情を窺い知る事は出来なかったけど、何だか彼女が少しだけ嬉しそうに見えた。

「君はここでずっと野菜を？」

「ええ、ずっと野菜」

「そっか・・・」

「ええ」

　それならば、彼女が旅立った人なのだろうか。それともずっとここに居たのだろうか。ふと疑問が浮

かんだ僕は、素直に聞いてみる事にした。

「・・・それはどうでも良い事。ただ私は今ここに居る、それだけ」

「そっか・・」

「そう」

　彼女から返って来たモノは解答とは言えないものだったけど、それでも、僕はそれで良いような気が

した。そう、今自分はここに居る、それが全て。それ以外を求めても無意味な事だと。何となく、そん

な気もしたんだ。

　そして僕は憑物が落ちたように、心がすっと軽くなるのを感じた。何もムキになる事も、背負う事も

気負う事も無かったんだ、初めから。僕は僕のままに、人は人のままに。在るべき所、在るべき姿に。

「何処へ？」

「空を見に」

「そう」

「うん」

　僕は起き上がると、まだ重い体を気合で動かして外へ向かった。

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