生きる、って事

さっぱり感

　汚れを流すと言っても、風呂なんて良い物じゃなく。ただの水浴びなんだけども。でも、これがとて

もさっぱりして、また頑張ろうと言う気になれる。水源は人間にとって地下の方がむしろ豊富とも言え

て、これだけは本当に良かったと思う。

　まあ、地上を知る人から言えば。やはり熱いお湯に浸かる事とは比べ物にならないそうだけど。

　僕らにとってはこれが最上で。そう考えると、下手にそれ以上のモノを知らない方が幸せなのかも知

れないとか思ってしまう。ただ。

「ああ、君とこうして生まれたままの姿でいられるなんて。これ以上美しい事はないよ・・・・」

　この悪釜ことレットだけはどうにかして欲しい。こいつの視線と距離感は正直非常に痛い。

　こういう場合、同性と言うのがとてつもなく恐ろしい。とにかく気にしないようにしなければ、意識

の一片たりとも向けず。正に路傍の石にしてしまわなければならない。

　人を避けたいのならば、その一番大事な所で無視すれば良いのだ。

「ふんふんふ～ん♪」

　まずはナチュラルさを演出する為に、鼻歌等をハミングしてみる。

　そして髪を洗う事で、さり気なく奴の声を無視し。さらにさくさくと身体を洗って、一時も早くここ

から去らねばならない。正に、発つ鳥跡を濁さずの精神。

「ああ、その滴り落ちる雫の吐息が私をくすぐる・・・」

　しかし流石に悪釜だけあって、中々にしつこく、しかも自己中心さも揺るぎ無し。こう言う時、人は

そいつと出会った人生と、その運命に呪うのかも知れない。

　そうして僕がげんなりしていた時に、不意にもう片隣に誰か座ったのに気がついた。

「くうッ・・・」

　思わず新手かと警戒して開いた目に、石鹸の雫がしみる。何でこうまで目は弱いのか。いつも剥き出

しのくせに成長しない奴め！

「おやおや、またお二人さんかい」

「あ、ビッコルさん」

　夢中で洗い流した目を向けると、もう方隣の新人は僕らの親方的立場のビッコルさんだった。

　ビッコルさんはもう初老の域で毛も白々と染まりつつあるのだが、その仕事量にはまだまだ遠く及ば

無い。そして良くも悪くも現実的な人である。

「私達のこの美しきハーモニーは誰にも阻む事は出来ないのです。何故なら崩れる事は美しく無いから

です。美しく無いモノが美しいモノを凌駕する事は在り得ないのですから」

　レットはまた良く解らない持論を語り始めた。

「ビッコルさん、何とかして下さいよ」

「んー」

　たまらず助け舟を求めた僕に、ビッコルさんは明らかな気の無い返事をしてくれた。

「そう言わずに何とか・・」

「んー。わしはね、自分の事は自分で解決する事が大事だと思うのよね。そうしないと結局は何も変わ

らないのよね」

　更に懇願する僕に、しかしビッコルさんは応えてはくれない。そして相変わらずに言ってる事は、と

ても最もだと思う。

「石炭一個でどうです」

「うむ、わしも止めねばと思っていた所じゃい！！」

　そしてビッコルさんの張り手一閃！！

「ぐぼッ・・・！？」

　レットは儚く転がって行きました。

「やはり人間、助け合いが大事よな」

　ビッコルさん、言ってる事はやはり変わらず最もですが。僕は何となく納得出来ません。

　心の何処かにぽっかりと空白を残して、僕の一日は終って行くのでした。

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