最小の希望

影斬の朝陽

「アウグストゥスの選帝公閣下、レイウス殿は依然目を覚まさない様子です」

「そうか・・・。何とか回復させてくれ、レズナーよ・・・」

「ハッ。全力を持って手を尽くしております」

　一夜明けた空は軽やかに澄み渡り、窓から差す陽光も煌く程に暖かい。豪奢な椅子に腰掛ける選帝公

は眩しそうに目を細める。

「しかし、レイウスでさえ操れなかったか・・・・」

「はい・・、やはり戦闘時には霊機が追い付かないようで・・・。１０数分程で暴走してしまったよう

です・・・。しかし我が国の技術ではあれが限界でして・・」

「そうか・・。何か手はあるまいか・・・・」

　ゆったりと腕を組むその仕草にも威厳が溢れている。それを見るだけでは身体が衰えつつあるとは誰

が思えるだろうか。しかし着実に死の呼び声が聴こえつつあるのだ。

「一つ・・・・手があるとすれば。南に居られる賢視殿ならば或いは・・・・。しかし、あのお方は俗

世の争い等には手を貸していただけまい・・」

「しかし、白い天使の事もありますゆえ。それを抑える為ならば力を貸していただけるかも知れません。

選帝公閣下、何卒私に使者として赴く許可を下さいませ」

「・・・・解った。頼むぞレズナー」

「ハッ、お任せ下さい」

　自らの身命にかけてもやらねばならない。レズナーは人知れず覚悟を決めた。

「東の大国にも隙を見せるわけにはいかんしな。しかし、レイウスには悪い事をした・・・」

　選帝公は重苦しいモノを吐き出すかのように深く溜息をついた。気のせいかまた少し老いが見えるよ

うに感じる。

「それは仕方がありません。あの北方の始祖機に対抗するにはあれしかありませぬ。口惜しいですが、

我が国の機兵は北方に比べますと一段劣っております。開発も急がせておりますが、簡単には・・・」

「そうか・・・、数で押そうにもこれ以上は国の防備が薄くなるしな・・。やはり我らもあの機体に頼

らざるを得ないか、嘆かわしい事だ」

「はい・・・・。ともかく全力を尽くします故、今しばらくお待ちください」

「うむ・・・、わしも出来得る限りの事はしたい。お主も身体には気をつけるが良い」

「ハッ、身に余るお言葉恐悦至極に存じます」

　そしてレズナーは南へと向かう事になった。

　ドッグには修理改良された黒い機体、ディアボロスが運び込まれて居た。

　戦闘システムを別に構築する事で霊機にかかる負担を減らし、通常移動時等は問題無く運用出来るよ

うにされている。そして戦闘システム機動には十分間の時間制限が設けられる事となった。それ以上は

乗り手の命は保証しないと。

　その機体の乗り手には何とゼロライムが選ばれる事となった。

　ドランクは霊機内の暗黒精霊第一種サタナキアとの共感率が悪く、右将軍イザリーは流石にこの危険

な機体に乗せる訳には行かず。本人は搭乗を希望したのであったが、即座に却下された。

　しかしイザリーのたっての願いもあり。代わりにレイウス機を改装したモノが与えられ、彼女も参戦

する事となった。この無理が通ったのも、レイウスの一件の謝罪の意を示すアウグストゥスの選帝公の

後ろ盾が密かにあったであろう事は言うまでも無い事である。

　そして皇帝は右将軍代理に第５機兵団長レズウェスを任命した。

　ここに到っては帝国の誰もが、蒼い震浪と銀の始祖機の部隊の殲滅が最重要だと判断したのである。

だが、今の帝国の兵力ではシルフィード小隊、サラマンダー小隊を用意するのが限界であった。その為、

ドランク・イザリー隊を加える一個中隊で向かう事となった。

　現段階で敵軍との総戦力はほぼ互角だろうと予想される。前出撃で負わせた始祖機へのダメージが少

しでも残っている事を祈るしか無かった。

「うーん、何で俺がこの機体に乗る事になったんだろ」

「それはお主の魔力がイザリーに匹敵するほど高かったからじゃい」

　コクピットでぼんやりしているゼロライムにギイじいさんの率直な答えが飛ぶ。

「えっ、そうなの？」

「うむうむ、遺憾ながらそう言う事だったのじゃよ」

　ゼロライムは遺憾と言う所が気になったが、敢えて突っ込むのを止めておいた。突っ込みたがられの

ギイじいさんへの当て付けである。

「あ、そうそう。折角だからお主の乗っていたシルフィードから精霊を移しといたぞい」

「え！そんな事出来るの？」

「うむ、動力とは直接繋がっとらんが。コクピット内に伝わる振動を抑えたり、サブコンピューター的

な事は出来るはずじゃい。何と言うか保険じゃの・・・・と言う事にしておけ、フフフフ」

　半分以上嫌がらせだ、そうに違いないとゼロライムは確信した。

「じゃあそろそろ精霊を目覚めさせるぞい。くれぐれも戦闘システムは１０分・・・いや５分くらいだ

と思っておけ。一撃離脱を心がけるのじゃ」

「解ってるよ。レイウス教官でさえ危なかったんだ。俺は１分が限界なつもりで行ってくる」

「ふおっふおっふお、やけにしおらしいの。気持ち悪いぞい」

「人が折角殊勝な心がけだってのに、このじじい・・・・。ともあれ、ディアボロス発進します」

　霊機が振動音を奏で、出力が徐々に上がって行く。

　翼を広げドッグから飛び出す。

「くう・・！」

　シルフィードとは比較にならない程の慣性と衝撃を受け、空気の重さを全身で感じる。

「断れば良かった・・・」

　ゼロライムは今更ながらその機体に乗った事を後悔した。

　黒い悪魔は歓喜に叫ぶ。　

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