アマとプロ

鏤められた布石

　帝都郊外に造られた人工闘技場。ドーム状に張り巡らされた重力場はあらゆるものを遮断する。その

為にその中で軍事訓練等が行われているとは思えない程静かで、時折漏れたような光が辺りの田園をな

ぞるくらいである。

　周辺の田畑は帝国に買い取られている為に、無造作に放り出されている田畑を見る度に、事情の解ら

ない農夫達は嘆いている。

　だが、一度その中に入れば誰もが納得するであろう。簡潔にその付近は危険だと。　

　今日は定期演習の日では無いので、各自機体の調整や模擬訓練に勤しんでいる。

　響き合う金属音、空砲と模擬弾の放たれる音、それらが縦横無尽に大気を切裂くように叫び回る。土

煙がもうもうと焚かれ、霊機として使われている精霊たちの脈動までも聴こえてきそうだ。

　秋冷の深ける中、今日も震える程の熱気が木霊する。

　対峙する二つの機体、帝国白兵戦型霊機シルフィード。風精霊第三種シルフを宿すこの霊機は空気抵

抗を限りなく減らすデザインと、無駄なものをこそぎ落し軽量化したのが特徴の機体である。

　機動性を誇り、圧倒的なスピードで他機を寄せ付けないが、代償として装甲が薄く非常に脆い欠点が

ある。コストが少ないので練習機、偵察機、武装しての強襲機として扱われる。

　細身の巨人が格闘し合う姿は、武道家の組手のような印象を受ける。

「ゼロ！降参するなら今の内だぞ！！」

　そう叫びながら死角から突進する一機。

「まだまだッ！！」

　ボクシングのワンツーにも似たパンチを避けながら、ゼロライムはせめて一矢報いると心中で叫んだ。

今日は先に二戦して二敗している。如何に相手が帝国の誇るエースの一人だとは言え、このままやられ

っぱなしなのはあまりにも自分が不甲斐なさ過ぎる。

　勝機どころか、まだ一度も攻撃をヒットさせた事すらない自分に怒りを感じながら、ゼロライムは必

殺の自信があったニ連蹴を繰り出す。

「戦場では諦めも肝心だぞ！！」

　蹴りはあっさりと避けられ、代わりに今日何度目かの三連蹴を叩き込まれる。

　機体は耐え切れない軋みを訴え、吹き飛ばされながら反転する。

「ゼロよ、攻撃だけではいずれやられてしまう。落ち着きと回避と言うものを学ぶのだな」

　ゼロライムはいつも通り散々に打ちのめされてしまっていた。候補生時代はニ連蹴のゼロライムとし

て名を馳せた彼も、勇んでいざ軍隊に入ってみれば赤子同然の腕前でしか無かった。ここではニ連蹴な

ど当たり前、三連四連出来てやっと少し誇れるレベルだったのである。

　しかもさらに屈辱的な事には、今の相手エースのレイウスは本来狙撃兵。

　諦めるのは嫌いでも、最早ぐうの音も出なかった。

「では次の者前へ！」

　周りで静観していた中から新たな犠牲者が前へ出る。そしてゼロライムは機体ごと端に造られた修理

室に運び込まれる。

「今日も派手にやられたなあ・・・若いの」

　ハッチを開けて覗く目が優しそうに笑っている。

「ギイじいさん、笑い事じゃないよ。俺はもう泣きそうさ」

　ゼロライムは先ほど打った腰をさすりさすり外へ出る。

「はっはっはっは。あのエースのレイウスに勝とうなんぞ十年早い。さあ、今日もしっかり修理しよう

か。この帝国の救急じいさんの手にかかればちょちょいのちょいじゃて」

　ギイはさも楽しそうに笑って工具を取り出す。　

「若いの、お主は精霊の機嫌を取ってくれい。もう呆れ果てて愚痴も言わなくなっとるみたいだが」

「はい・・・、そうします」

　手早く修理を始めたギイを横目に、ゼロライムは再びコクピットに潜り込む。

「おーい、シルフ。俺だって一生懸命やってるんだから、少しは応援してくれよ」

　横のパネルを操作しながら、画面をこんこんと叩く。

　応答無し。

「霊機ってそもそもサポートユニットだろう、共感者助けなくてどうすんの」

　再び画面を叩く。

　しばらく我慢強く待っていると、画面に小さな妖精がしぶしぶ映った。

「貴方の乱暴な操縦には付き合い切れません」

　少し怒っているように頬を膨らませている。

「確かに私はコピーユニットで大した力もありませんし、この子もただの練習用の機体でしかありませ

んけど。毎日毎日ここまでやられたら、流石に怒りますよ。レイウス様も仰ってましたが、貴方はもう

少し戦い方を学ぶ必要がありますよ。付き合い切れません！」

　そう言い終わるなりぷつりと画面から消えてしまった。

「・・・・・・・・・すんません」

　ゼロライムはとにかく平謝りする他無かった。

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