タマネギ使い


 我が名は、ヨアヒム・アルヘナンド・ジークベルグ三世。貴族の誉れ高き、ジークベルグ家の長子にし

て、誇り高きタマネギ使いに名を連ねる者である。

 歴戦の猛者であるタマネギ使いであるからには、我が力量は想像に難くあるまい。

 戦友であるタマネギの名は、グリッペン十六世。代々我が家に仕えてきた、ジークベルグ家にもひけを

とらぬ高家の出自である。彼ほどのタマネギは、この国でもそうは居ない。

 真に我が戦友として相応しいタマネギである。

 しかしグリッペンも、はや十六世となったとは、どうりで私も年をとったはずだ。確か私がタマネギ使

いとして叙任を受け賜(たまわ)ってから、半年が経とうとしている。

 思えばグリッペン一世が我が家のコック長に炒められ、最後には揚げられ、一時は絶望したものだが。

それがもう半年前。それから二世から十五世まで、偉大なるタマネギ達が次々と犠牲になって来た。

 聞けば他のタマネギ使いの戦友達も、あたら命を費やしていると言う。

 ああ、何と言う神の悪戯か。我が国の主食が、事もあろうにタマネギであるとは・・・。

 これも神の試練に違いないが。何と言う残酷(ざんこく)な試練であろうか。

 真に口惜しい。しかし彼らもきっと我らが血潮となって、今も人々の中で生き、我らを守っていてくれ

るはず。彼らの犠牲は決して無駄にはすまいぞ。

 そしてもう二度と悲劇を繰り返してはいけない。私も細心の注意をもって、戦友達を守らねば。

 そもそもあのコック長の目が悪いから、こう言う事になるのだ。私があれほど眼鏡をかけよ、眼鏡をか

けよと申しておるのに。何と言う事か、自分はフレームアレルギーであるなどとたわけた事を申し、今の

今ですら一度もかけているのを見た事が無い。

 これでは眼鏡を買ってやった私の立場がどうなると言うのか。この事を想って、どれほど枕を濡らした

事か。おそらくあのコック長は、少しも理解しようとはしていまい!

 そもそも奴は私に、いや私の父上に、雇われていると言う状況を、理解出来ているのであろうか。何故

使用人風情に、こうまでこの私が苦しませられなければならないのか。一体何故、我が戦友たるタマネギ

達が料られなければならないのか。

 このタマネギ達が居なければ、我らはこうも安楽に暮らしてはおれないのだぞ。

 それを何故この国の者どもは理解しないのだろう。

 私のタマネギが犠牲となり、敵に斬られ。それによって敵の目が涙で眩む事で、騎士団達が簡単に敵兵

を葬(ほうむ)る事が出来るのである。

 我が国の誇るタマネギ使い、名立たる総勢百五十。この百五十名が居なければ、タマネギしか他国に誇

る物の無い我が国などは、とうの昔に侵略されていたに違いないのだ。

 数々の戦の中で、一体どれだけの選ばれしタマネギ達が犠牲になったか。

 そして一体どれだけのタマネギ達が、間違えられて食卓へ並べられたか。

 タマネギ達の尊い犠牲によって我々は栄養分を補給・・・もとい、我々の命はながらえているのだ。

 見よ、今日もタマネギ使い達の嘆きの声が聴こえる。毎日毎食一体どれだけのタマネギ達が、あたら命

を落としている事か。中には若いタマネギ、うら若き乙女タマネギも居る事だろうに。

 このタマネギ達は、本来備わっている辛味を極限にまで増し、そのくせ口当たりもよろしく食後感も爽

やかで。どの国にも決して負けぬ、我らが手塩にかけて育てたタマネギ達。

 そのタマネギ達を、事もあろうに食卓に並ばせるとは何事か。しかも生きたまま斬り裂き切り刻み、生

のまま食し、或いは丸ごとからっと揚げてしまうとは何事だろうか。

 こんな事が許されると言うのなら、果たして神はどこにおられる。我らが信仰を捧げるタマネギ神は一

体どこにおわすのか。

 ああ、考えるだけでも涙が溢れる。

 グリッペン十六世よ、せめてお前だけは無事戦場へ送り届けようぞ。そして真の戦友となるのだ。

 そうすれば、今までのように私が戦場での働きを聞かれた時、慌てて口をにごして誤魔化さずとも済む。

実は未だ一度も戦場でタマネギを使った事が無いなどと、私の戦友達は尽く食卓へ並ばされたなどと、言

えるはずがない。言えるはずがない。

「あ、お坊ちゃま、今晩の食卓に並べるタマネギをいただきに参りました」

「うむ、ご苦労。今日も良いタマネギが収穫できたぞ」

「それはそれは結構な事でございます。これも良いタマネギですな。それでは失礼致します」

「うむ」

 そう、まったく言えるはずが・・・・・・・・ん?

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・あ!

「グ、グリッペェェェェェェーーーーーーン!!!!」

 こうしてまた尊い命が失われてしまった。

 十六世よ、きっとお前の無念は晴らしてやる。そして必ずやグリッペンの名を、全土に知らしめてよう。

だから、お願いだから、今晩食べても恨まないで下さい。

 こうして今日も平和に日が暮れてゆく。

 そんなお話。




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