戦場のタマネギ


 我が名は、ヨアヒム・アルヘナンド・ジークベルグ三世。誇り高き貴族にして、栄光あるタマネギ使い

である。

 私は今戦場に居る。頼もしき我が愛タマネギ、グリッペン三十八世と共に。

 我が手にはナガネギの槍もある。この二つのネギが、我が軍に勝利をもたらしてきたと言っても、過言

ではあるまい。

 それは今日も変らず、すでに敵軍は我らがタマネギ攻撃の為に、戦意を喪失しつつあるようだ。

 何しろ我らのタマネギは、独特の辛味を増しながらすっきりとした味わい。辛くもすっきり、その名称

が相応しい風味に、敵兵達はさぞ困惑している事だろう。

 辛いはずなのにすっきり、この矛盾感は想像を絶する混乱をもたらした、に違いないのだ。

 最早勝ち戦、勝機は我らが掌にある。だが私にはまだやらねばならぬ事があった。

 即ち、この我が手に握られた愛ネギ、グリッペンを、是非とも奴らに投げつけてやらねばならない。

 神に見放されたのか、このグリッペン一族は、初代から代々我が家の食卓に並んできた訳なのだが。三

十八代目にして、ついに戦場に出る機会にめぐりあえた。しかもこの三十八世は従来の辛味に加え、タマ

ネギ本来の持つ甘味をさえも十二分に増そうと、試行錯誤を繰り返した末に生み出された改良種。しかも、

そのただ一つの成功ネギである。

 三十八世を投げつけられれば、正に甘辛さの海に、敵兵どもは是非無く沈む事になるのだ。

 甘く、すっきり辛い。この不可思議な味わいの三重奏に、敵兵はこれまで以上に困惑し、戦意も直ちに

失せるに違いない。

 これこそ我が切り札。我が国の至宝にして、タマネギたる者の誉れ。

 すでに戦も終わろうとしているこの時まで、何故このような優れたタマネギを温存していたのか、だと?

 何と言う愚問であろう。そんなもの、今まで必死に隠れるので精一杯だったから、に決まっているでは

ないか。

 如何に私といえども、隠れながら投げると言う芸当を行う事は、非常に難しい。それはタマネギ使いの

祖であり、史上唯一のタマネギ騎士、グリックベルム・バルベッヘン・ネギニギリスギー一世様ですら、

果たして出来るかどうか。

 このお方はタマネギを握り潰しながら投げ、辛味たっぷりのタマネギ汁を撒き散らしながら飛ばすと言

う絶技、潰し投げを生み出したお方であるが。そのネギニギリスギー様ですら、隠れずに投げられたかど

うかは疑問である。

 何しろ貴族の第一の使命は、子孫を残すと言う事にある。特に私などは、嫁さんもまだもらって無いの

に、こんな所で怪我でもしたらどう責任とってくれると言うのか。

 戦場へ行く時の為にと、平時から泣く泣く上官に出来の良いタマネギを渡していたのが、今になって幸

いした。持つべきモノは物分りの良い上官であろう。

 ようするに私が臆病な訳では無いのだ。全ては子孫繁栄の為。ひいては親兄弟を悲しませぬ為である。

 勿論、このままおめおめと隠れて居る訳では無い。隙を狙い、栄光あるタマネギ使いの一人として、皆

と共に、是非ともこのタマネギを投げつけてやらねばならぬ。

 そうしなければ、わざわざ持って来たタマネギが腐ってしまう。それでは運び損ではないか。

 こんな事なら昨夜でも素直に食べておけば良かった、などと後悔する事以上に、タマネギ使いとして恥

ずべき事は無い。

 うむ、そろそろよかろう。いざ参らん!

「我が名は、ヨアヒム・アルヘナンド・ジーク・・・・っとうひゃあッ!」

 何と言う事だ。まだ敵兵が近くに居るではないか。即座に身を隠したから良いものの、危うく討ち取ら

れてしまうところであった。

 まったく一キロ以上もの距離に居る敵兵相手では、流石の私も如何ともし難い。これは近すぎる。下手

をすれば弓矢が当ってしまう距離ではないか。まったく伝令兵にも困ったものだ。

 しかもこの距離では我がタマネギ投げも届かない、何をやっても中途半端な距離である。うっかり犬死

にしてしまう所であった。腹立たしい事この上無し、あの伝令は父上に言って追放してもらおう。うむ、

我が軍の為にもそれがいい。

 それはそれで良いとして、このままでは折角のタマネギが無駄になってしまう。

 はて、どうしたものか・・・・。

「おお!」

 その時我が目に入った物。これこそ神のお導きであろう。いわゆる投石器、巨大なスプーンのような物

に石を乗せ、それを機械の力で勢い良く撃ち出すという、貴族に相応しき遠距離兵器である。

 本来は攻城兵器であるが、野戦で使う事もあるし、防衛に使う事もある。使える物は惜しまず何でも使

うのが、貴族流なのだ。

 この兵器を上手く使えば、敵と離れた場所から一方的に攻撃出来るのだから、正に貴族的な兵器と言え

よう。

 考えてもみたまえ、貴族が戦場で怪我をするなど、今まで聞いた事があるかね。いやいや無いに違いな

い。否、無いのだ。ここは貴族の名誉の為、断言しておくが、何をしなくても生きていける貴族が、わざ

わざ命を投げ出してまで戦う事など、ありえない。

 御先祖様のご苦労によって生み出された財産を、ただただ食いつぶすのが貴族たる役目なのだ。金持ち

喧嘩せずと言うではないか。

 うむ、まあ、長くなってしまったが。ようするにこれでタマネギを飛ばしてやろうと言うのだ。これな

らば敵兵まで届くに違いない。あんな大きな石でも跳ね飛ばせるのであるからには、タマネギなどは朝飯

前どころか、睡眠前であろう。

 見よ、期待と興奮を抑えられず、グリッペンも見事に陽光で照り輝いておるわ。ぬめりも充分、油でぎ

らぎらしておる。これも危うく昨夜揚げそうになった証、言わば名誉の負傷である。

 さて、参ろうか、グリッペン。

「目標、敵後方、退路を塞ぐのだ」

 周りには誰も居ないが、こう言った掛け声と言うのは大事であろう。

「撃てい!!」

 そして勢い良く飛ばされたタマネギが飛ぶ。

 戦場を翔けるタマネギ。何と詩的な事か。

 ・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・ん、何か踏んだか?

「グ、グリッペェェッェェェェェェンンンンンンンンンッ!!!!」

 我が足下には何者かに踏み潰されたグリッペンの姿が。

 ああ、何とした事か。察するに、この投石器は敵軍の罠であったに違いない。間違っても、単に発射前

に油で滑ってタマネギが転がって落ちただけ、などでは決してありえない。

 であるから、であるからには、お願いですから恨んで夜出て来ないで下さい。ほんと怖いから、一度ほ

んとに出てきて怖かったですから。

 こうして我が軍は勝利した。

 そんなお話。 




BACKEXIT